2016年04月06日

アレキサンドリア図書館 図書館の成立 かの有名な図書館は存在しなかった!?

 プトレマイオス1世はアレクサンドロス3世と共にアリストテレスに学んでいました。そうしたことから、彼は学問に対しても熱心でした。アレクサンドロス3世がペルシア戦争にも師アリストテレスの校訂したホメロスの作品を持っていったことは既に記した通りです。そして、ホメロスを好んだのはプトレマイオス1世も同じでした。

 こうした武人でもあり読書人でもある王の側近の中に、マケドニアの支配者カッサンドロスの部下としてアテナイを治めていたデメトリオスがいました。彼は富裕層の出身で、アリストテレスの学校(リュケイオン)で学んでいたことから、多くの知識人との交友がありました。クーデターに遭って失脚し、テーベに亡命していたところをプトレマイオス1世の招聘を受けてエジプトにやってきたのでした。

 アレクサンドリアにはまた、デメトリオスの旧知の人物もいました。プトレマイオス1世が王子の教育係に任じたストラトンです。

 かつてフィリッポス2世はまだ少年だったアレクサンドロス3世の教師にアリストテレスを付けました。プトレマイオス1世もまた若き日にアレクサンドロス3世と共にアリストテレスに学んでいたため、彼もまた王子には優れた教育者を付けようとしたのです。プトレマイオス1世が目をつけたのは、アリストテレスの後を継いだテオフラストスでしたが、彼は自分がアレクサンドリアを訪れることは避け、優秀な弟子のストラトンを派遣したのです。

 ストラトンは後にテオフラストスの後継者となります。それだけ優秀だったのですね。

 デメトリオスもまた逍遥学派に属していたため、ストラトンとは長い付き合いだったのです。

 エジプトでは、デメトリオスは学究の徒としての面目を遺憾なく発揮します。彼の進言により、アレクサンドリアに図書館と研究所ムセイオンが生まれました。ムセイオンは学術と芸術の女神ムーサイ(ミューズ)の祠堂として始まり、やがて博物館ミュージアムの語源となっていきます。

 この図書館のあった場所は今でも確定していません。実は、当時図書館という単一の建物は存在しなかった可能性があります。そもそも、当時はまだ図書館という概念はありませんでした。研究施設であるムセイオンには多くの部屋が造られており、それぞれの部屋に構えられていた書架をまとめて呼んでいた言葉が図書館の意味で使われるようになったのです。そのため、アレクサンドリアの図書館について同時代の文献は必ず複数形で書いているそうです。

 図書館が存在しないなどあり得ないと考えて文献を調べた学者が、逆にその考えの正しさを認めざるを得なくなったということもありますので、ここでは近代的な、独立した建造物としての図書館は存在しなかったと考えましょう。


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2016年04月07日

アレキサンドリア図書館 図書館の拡大 設立の立役者デメトリオスの失脚とえげつない手段も使うエジプト政府

 さて、デメトリオスは金に糸目を付けず、古今の書籍を収集するよう命じられます。その一環として聖書の翻訳いて図書館に収めるよう進言し、70人約聖書成立のきっかけとなります。

 デメトリオスは後継者問題が原因で失脚します。背景となったのは、プトレマイオス1世の我が子への偏愛です。プトレマイオス1世には、2人の奥方がいました。1人はアンティパトロスの娘エウリュディケです。アレクサンドロス亡き後のマケドニアを支配したのはアンティパトロスで、プトレマイオスは彼と結び付きを強めるためにその娘を娶ったのですね。次いで、ベレニケという未亡人と結婚します。2人の妻は仲良く暮らしているように見えましたが、それぞれが男児に恵まれたことから関係がおかしくなっていきます。勿論、互いに自分の子をプトレマイオス1世の跡継ぎにしたかったのですね。

 こうした時、血筋と長幼の序に従っておくのが無難です。デメトリオスもまた、この常識的な線からエウリュディケの子を後継者にするよう進言します。あるいは、デメトリオスがギリシアにあったとき、アンティパトロス・カッサンドロス親子にお世話になっていたために恩返しをしたかったのかもしれません。これが命取りでした。プトレマイオス1世は、ベレニケから生まれた子を跡継ぎとしたのです。こうして即位したのが姉と結婚したことで愛姉王プトレマイオス2世フィラデルフォスです。

 プトレマイオス2世はデメトリオスが己の即位に反対していたことから、彼を寒村に永久追放とします。失意のデメトリオスは、毒ヘビに噛まれて死んでしまいました。王に死を賜ったことの間接的な表現かもしれません。

 少々時代を進めすぎました。まだデメトリオスが図書館の運営に意欲的だった時まで時間を戻しましょう。

 大図書館とムセイオンに集められた蔵書は、当初こそ王の賓客にしか使えなかったものの、蔵書が増えて多くの研究者が集められるに従って研究所としての性格を強めていきます。書物の収集に関しては、デメトリオスがプトレマイオス1世を焚き付けて、重要な著作は全て集めるように仕向けたことで収蔵品がどんどん増えていきます。

 旅行者の持つ本を一度取り上げ、写本を取った後で返却したことが有名です。また、アテナイが門外不出としのた蔵書を金にモノを言わせて借り出したこともあります。どちらの場合も写本を返していました。写本になれば必ず間違いが含まれますから、これはだいぶズルいやり方です。

 ともあれ、こうして図書館は拡大していきます。


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2016年04月08日

アレキサンドリア図書館 エウクレイデス1 学問に王道なし、幾何学に名を残すユークリッドの活躍

 新設された大図書館の初代館長に納まったのは、ホメロス研究で知られるゼノドトスです。後に紹介する綺羅星が如き才人と比べると、圧倒的に凡才と言われます。資料の扱い方が一定ではなく、校訂も間違いがあるそうです。彼が抜擢されたのは、ホメロス好きの王に気に入られたからです。それでも、ゼノドトス以前の写本は失われてしまっていますので、彼の残したものも貴重ということです。

 館長こそ少々物足りない感じですが、集まって来たのは時代を代表するような俊才たちでした。数学者エウクレイデス(ユークリッド)、医学者ヘロフィロス、天文学者アリスタルコス、歴史学者マネトー(マネトン)等、名前を列挙するだけで豪華さに目が眩みそうです。隗より始めよと同じような話でしょうか。詩文の作者が含まれないのは、私がそちら方面に関心が無いためですので、申し訳ないのですが興味がある方は別のところに当ってください。

 まずはエウクレイデスについて紹介しましょう。日本ではユークリッドの名で知られるこの天才的な人物の生涯について、分かっていることはあまりありません。

 エウクレイデスは前330年頃にエジプトの裕福な家庭に生まれたと考えられています。アテナイに渡ってプラトンの弟子に数学を習い、そこでデメトリオスと知り合います。アテナイに民主制が復活してデメトリオスがアレクサンドリアに移ると、エウクレイデスを呼び寄せます。この頃、エウクレイデスは20代後半で、これから働き盛りを迎えようとする頃でした。

 エウクレイデスのかの有名な数学の話に入る前に、これまた有名な逸話について紹介しておきましょう。

 プトレマイオス1世、図書館建設の立役者デメトリオスと一緒に居た時の話です。彼の公準を解説するエウクレイデスに、プトレマイオス1世が「『幾何学原論』のほかに、幾何学を学ぶ近道はないか?」と聞きました。エウクレイデスは、「陛下、幾何学に王道なしでございます」と答えたそうです。

 王道とはアケメネス朝ペルシアで発達した、都市を結ぶ「王の道」のことですね。現代で言うならば高速道路に該当するのかもしれません。ただし、渋滞無しの、ですけど。

 有名な言葉を残し、数学にも巨大な足跡を残したエウクレイデスですが、彼の生涯について詳しいことは分かっていません。


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2016年04月09日

アレキサンドリア図書館 エウクレイデス2 ユークリッドの5つの公準と幾何学

エウクレイデスは紙のように曲面のない平面において、5つの公準(ルール)を定め、その上に幾何学を打ち立てました。所謂ユークリッド幾何学です。5つの公準を記しておきましょう。(Wikipediaからの引用です)

1.任意の一点から他の一点に対して直線を引くこと

2.有限の直線を連続的にまっすぐ延長すること

3.任意の中心と半径で円を描くこと

4.すべての直角は互いに等しいこと

5.直線が2直線と交わるとき、同じ側の内角の和が2直角より小さい場合、その2直線が限りなく延長されたとき、内角の和が2直角より小さい側で交わる


 このうち、最後の公準については、何を言っているのか良くわからないかもしれませんが、これは平行ではない2本の直線はいつかかならずどこかで交わる、ということです。独立した公準ではなく、他の4つの公準から導き出せるのではないかと後々まで研究が行われました。研究といえば聞こえは良いのですが、数学的な証明の場合には、ありとあらゆる角度からアラ探しされた、ということです。

 今では5つ目の公準(第5公準と呼ばれます)は他からは導くことができないことがはっきりしています。それどころか、一見奇妙にも見える言明が、この第5公準と数学的には等価です。その1つは、「あらゆる三角形の内角の和は180°である」というものです。意外ですが、三平方の定理も等価なのです。

 逆に、5つ目の公準が正しくない空間を想定した幾何学が、非ユークリッド幾何学として実を結びます。

 例えば、球面上の幾何学がそうですね。地球を考えてみてください。赤道と直角に交わる緯線は無限に引けます。これらの緯線は南極点と北極点で交差します。また、赤道と任意の2箇所で交わる緯線により三角形が得られますが、この三角形では全ての角が90°の三角形もあり得ます。当然、三平方の定理は通用しません(そもそもどこが斜辺なのかすら決定できません)

 このように、非ユークリッド空間ではユークリッド幾何学の常識が通用しません。

 話がそれましたが、これらの成果を記した『原論』は、後の世代の数学者たちが引用していることや、図書館焼失後もイスラームに写本が残っていたことで散佚を免れました。彼の名は『原論』によって不朽のものとなったと言えましょう。


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2016年04月10日

アレキサンドリア図書館 医学の発展 囚人を生きたまま解剖することで医学は進歩した

 続いて、医学者ヘロフィロス(前335年〜前280年)について触れましょう。彼はもちろん、最初の医学者というわけではありません。しかし、旧弊を打ち破って知の体系を創りあげようとした人物として知られておくべき人物だと思います。

 小アジアのカルケドンに生まれたヘロフィロスは前400年前後に活躍したヒポクラテスの学校で学びました。ヘロフィロスの活動期間が前300年前後であることを考えますと、ヒポクラテスの学校は100年ほどの伝統があったのですね。この頃には、ヒポクラテスの教えは絶対のものとして扱われていたようです。

 ヘロフィロスは、通説を齧って満足するような人物ではありませんでした。この時代に、解剖に基づいて人体の構造を解き明かそうとしたのです。

 しかし、その方法は褒められたものではありません。彼はなんと、一説に600人にも及ぶ囚人を生きたまま解剖したと伝えられます。せめて酔わせるとかなんとかで、苦痛がなかったことを願いたいです。それにしても、こうした逸話をみると、古代と現代の感性の違いが感じられますね。

 彼の手によって、人体の器官についての正確な情報が得られたのは間違いないことです。

 成果の1つとして、神経を他の組織とは別のものだとし、神経組織が脳につながっていることから、アリストテレスの考えた神経の中枢は心臓ではなく脳にあることを示したことがあります。ローマのガレノスもヘロフィロスの成果に敬服していたそうです。他に動脈と静脈の違いを示しました。その役割の違いはまだまだ分かりませんでしたが。

 彼以前に解剖を行っていた医学者が居たのは事実ですが、解剖から得られた知を体系化したのはヘロフィロスが最初の人物です。

 ヘロフィロス死後も、彼の衣鉢を継ぐ研究者たちが探求を続けました。こうしてアレクサンドリアは医学研究の中心地であり続けました。精神疾患についてまで専門医がいたそうです。

 ヘロフィロスより少々後に生まれたエラシストラトスもまた、解剖にもとづいて脳を始めとする器官を調べました。尿道閉塞の際に外部から管を挿入して排尿を導くカテーテルは、彼が発明したと言われます。

 しかし、科学の特定の分野だけが突出して研究が進むことはあり得ません。器官がどのように配置されているかは分かっても、病気の治療にその知識を活かすのはまだまだ先の話となります。


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