2015年08月15日

古代ユダヤ ユダヤ人と彼らの神 現代的なユダヤ人の定義と、彼らが神をどう呼ぶか

 このあたりで、ユダヤ人についても触れておきましょう。彼らの名前は、メソポタミアを論じた際にバビロン捕囚について、エジプトを論じた際にはモーゼの出エジプトについてのところで出てきていますね。

 まず、ユダヤ人とはどのような人を指すのでしょうか?それは、ユダヤ人の母親から生まれた者と、正式にユダヤ教に入信した者です。ですから、定義的には後者の方法によって私も貴方もユダヤ人になることが可能です。ユダヤ人とユダヤ教が密接に結びついていることが分かると思います。因みに、イスラエル国籍を持つ無神論者あるいは異教徒はユダヤ人ではなく、イスラエル人となります。

 ユダヤ教の天地創造は広く知られていますね。神が光を生み、次いで光と闇を分け、6日間で天地を創造した物語です。6日めに造られた人間は神の似姿をしたアダムで、その肋骨から造られたのがイヴです。後のキリスト教はこれを根拠に女は男から造られたのだから男に従うべきだとしましたが、強引と言うべきでしょう。

 ちなみに、アダムは英単語の「man」に相当する言葉で、個人の名前ではありません。一方でイヴの名の起源は分かっていません。ヘビという説もあるそうです。

 なお、神は神聖4文字と言われるYHWH と綴られます。しかし、読み方は失われてしまいました。ヤハウェと読むのだろうとされてはおりますが、正確なことは不明です。神の名をみだりに唱えては行けないという教えがあったこと、ヘブライ語に母音が無いことが理由です。彼らは神の名を唱える代わりに、「我が主(アドーナイ)」と呼びました。後にヘブライ語にも母音が加わった際、神聖4文字に母音をつけます。この時に、yahwehの子音とアドーナイの母音が混同されてエホバと発音されるようになります。ヤハウェも本当に正しい神の呼び方かどうかは分かりませんが、少なくともエホバと読むのは本来のものではないと断言できるでしょう。

 神の呼び方にも歴史的な変遷があるのです。

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2015年08月16日

古代ユダヤ 創世記と先行文明1 元々は多神教だったユダヤ教

 イヴはヘビに唆されて、神が禁じていた禁断の木の実を夫のアダムとともに食べてしまいます。このあたり、神よりもヘビの方が狡猾に立ち回っていたり、神は人間を無知に保とうとしていたりと、外部の者から見るとちょっと???な展開があるように思います。だいたい、禁じる位なら人の手に届かないところに置くのが筋だと思いませんか?子供に触られては困るものは子供の手の届く範囲には置かないように。因みに、知恵の実はリンゴとされることがありますが、聖書の記述からは定かではありません。シリアないしメソポタミアで珍重されていたものでしょう。ナツメヤシだったら面白いと個人的には思いますけど。

 実は、ここまでの物語はバビロニアの影響を非常に強く受けています。1週間での天地創造の順序はバビロニアの神話と同じです。7日目に神が休息を取ったことから、週の7日目に当たる日曜日が休日となったとされますが、完璧な神が休息を必要とするでしょうか?多神教のバビロニア神話では、この日が神々の祝宴に当てられています。実際、バビロニアの影響を受ける前に成立したとされる士師記等には安息日の記述は無いそうです。

 創世記には、世界を作ったのは単一の「神」ではなく、複数の「神々」と書かれるところもあります。人を創りだすところです。ここでの神は単数形のエル(El)ではなく、複数形のエロヒム(Elohim)が使われます。複数形なのは、王のように偉大とされる人の1人称が複数形(weに相当)となる場合がありますから、聖書で神々と書かれている部分も同じ解釈がなされる場合があります。しかし、こうした用法は近年のもので、聖書が書かれた時代の言いではありません。創世記が書かれた時期、まだユダヤ人の先祖は多神教を奉じていたのです。

 では、バビロニアはどうして7日を区切りとしたのでしょうか?それは、彼らが太陰暦を用いたことに起因します。太陰暦を用いたバビロニアでは、月の周期が終わる(始まる)新月が休日でした。やがて、満月や上弦および下弦が休日に加えられます。月の満ち欠けは約29.5日周期ですから、これですと休日のサイクルが7.4日となるのです。7.4日周期では計算が複雑になりますから、やがて7日に1日の割合で休みの日を設定するようになりました。


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2015年08月17日

古代ユダヤ 創世記と先行文明2 狡いヘビや1週間が7日であることもメソポタミア起源

 ヘビの件もそうです。狡猾なヘビの立ち回りは、ギルガメッシュ叙事詩の終盤でようやくギルガメッシュが手に入れた若返りの秘薬をヘビが奪って飲み込んでしまった話があります。こうした狡猾なヘビのイメージが継がれているのです。

 一日の始まりもまた、バビロニアと同じです。誰もが時計を身近に持つ現代からは考えられないかもしれませんが、時計が無い時代には1日の始まりは日の出に設定されることも少なくありませんでした。バビロニアでは、日没を1日の開始としました。その名残が、クリスマス・イヴや、ニューイヤー・イヴを祝う風習です。めでたき日の前夜を祝うのではなく、日が暮れてめでたき日を迎えたことを祝うのです。天地創造1日目、闇と光を分けた後で、「夕となり、また朝となった」とあるのはこのことに符合します。

 先行する文明からの影響は大きなものですね。

 ともあれ、知恵を得た人間は神の怒りに触れて楽園を追放されます。ついでに、ヘビは腹這いで生きることを命じられます。すると、それまでヘビは腹這いではなかったことになりますね。どうやって移動していたのでしょう?気になります。足があったのでしょうか。あったらトカゲですよね。あるいは、尻尾で飛び跳ねていたのでしょうか。くまのプーさんに出てくる陽気なトラのティガーのように。完全に余談ですが、ヘビが足を捨てたのは、遅くとも7,500万年前に遡ります。ヘビが世界各地で強力な捕食者でいるところを見ると、彼らの進化戦略はかなり成功したように見えます。

 地上に降りたアダムとイヴはカインとアベルという兄弟をもうけます。しかし、農産物を神に捧げたカインを神は無視し、ヒツジを捧げたアダムばかりを嘉するものですから、カインは嫉妬のためアベルを殺してしまいます。

 この頃の生物は全て草食だったそうです。天地創造の6日目に、神は全ての生きるものの食料として青草をあたえておりますから。イヌもネコもライオンもヘビも。それなのに、神は自分一柱だけ肉を捧げてもらって喜んでいるのです。まるで、弟子に黙って砂糖を独り占めしてしまう狂言『附子』の主みたいですね。肉を喜んだのでなければ、死を喜んだのでしょうか。そうすると、今度はサイコパスのように感じられてしまいます……。

 一応、命は大切だからこそ、それを捧げたアベルを嘉したとしましょう。



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2015年08月18日

古代ユダヤ 創世記と先行文明3 方舟に乗って生き残った動物は、神に捧げられた

 かくしてカインは追放されるのですが、追放された先でどういうわけか妻を娶るのです。神が創造した人間はアダムとイヴだけだったような……。と、現代の小説なら総ツッコミが入りそうな感じですが、とりあえず、子供の偏愛はいけませんね。私も親として肝に銘じなければなりません。

 地に増えた人々は悪事ばかり働くので、神はノアとその一家以外は皆殺しにするべく大洪水を起こします。これはメソポタミアで論じた通り、ギルガメシュ叙事詩から持ってきた話ですね。この時、ノアは他の生き物をつがいで方舟に載せるのですが、版によってその数が違うそうです。7つがいを乗せるとしたものがあり、これは元々異なる複数のテキストを一つにまとめる際に起こったことだとされているようです。ちなみに、7つがい必要なのは、洪水が引いた後で犠牲に捧げさせるためです。

 こんなにも多くの命を奪っておきながらまだ足りないようですが、これもまた、先行するバビロニア神話の影響なのです。バビロニアの神話では、神々は犠牲の煙を食料としています。ギルガメッシュ叙事詩においては、エンリルという神が全生物を滅ぼそうとしますが、エンキという神がアトラ・ハシースに告げて絶滅を免れさせます。

 人類が生き残ったことにエンリルは激怒しますが、他の神々に宥められて怒りを鎮めます。食料が無くなるのはさすがのエンリルも困るのですね。エンリル同様、旧約聖書の神も全ての生物を滅ぼすようなことはしないと告げます。誓の証が虹です。意外とロマンチックです。もっとも、終末の日に世界を滅ぼすのは神なのですけどね。

 このあたりは一神教の限界とも言えると思います。もしも悪魔が神の意に反して世界を滅ぼしてしまうのなら、悪魔の力は神を上回ってしまいます。ですから、もし世界の滅亡が訪れるなら、それを行うのは神でなければならないのです。


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2015年08月19日

古代ユダヤ 創世記と先行文明4 ユダヤ人の厳しい摂食規定 トンカツはNGだけどバッタはOK

 洪水の後で、人はようやく肉食を許されるようになります。ただし、食べて良い肉については「レビ記」で厳しい制限が加えられます。動物では、蹄が分かれていて反芻するものしかダメだとされます。ブタは根拠は不明ですが、食べてはならないとされます。谷泰の『神・人・家畜 ――牧畜文化と聖書世界――』では、遊牧民が移動放牧するヒツジやヤギとブタは同時飼育ができないことが原因ではないかと指摘されています。面白い視点だと思います。他にもウサギやイヌ、ウマも食べることは禁じられます。トンカツも馬刺しもダメというのは少々気の毒に思います。

 海に生きる生きるものは、鱗が無ければ食べてはいけないとされます。タコやイカはここで禁じられますね。ウナギも鱗を持ちませんのでアウトですね。タコの刺し身や、ホタルイカの沖漬けが好きな私は、こうした厳しい戒律を日本人が持たなくて良かったと、胸をなでおろしてしまいます。信心篤い方には余計なお世話だと一蹴される意見でしょうけど。

 他にも、飛ぶための2本の足の他にある4本の足で這いまわる生き物、つまりは昆虫も基本的には食べることを禁じられます。例外がバッタの仲間です。イナゴの佃煮はOKということですね。ただ、昆虫食についての本を読むと、バッタの後ろ足やハネをそのまま食べると、胃腸を損傷して早死のリスクがあるということですから、食べる際にはここをしっかり除くようにしてください。

 バッタを食べて良いとしたのは、恐らくバッタの大量発生時、食べるものが失われてしまったのでバッタを食べざるを得なかった過去があるのではないかと思います。蝗害は恐ろしく、植物は根こそぎ犠牲になってしまいます。ただでさえ緑の少ない地域で蝗害が発生したら、バッタで食いつなぐしか無かったのでしょう。

 今でも敬虔なユダヤ教徒はこうした食規定をしっかり守っています。他の人々と異なる風習を持つことは集団の団結力を強めますから、バビロン捕囚やディアスポラ後に集団を保つのに役立ったことでしょう。


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