2015年02月28日

有史以前 飛び道具

 ギルガメシュ叙事詩にかこつけて、さりげなく蛇が脱皮する理由を説明してしまうほど、人が強烈に知りたいと思うのはなぜでしょうか?

 私は、人が牙や爪といった優れた武器を持たない、おまけに腕力ですら他の動物から見れば全く足りない、不利な状態で進化したからだと考えています。己の力だけでは十分に狩りすら出来ないような、非力さ。だから、彼らは食料を得るために仲間と協力し合わなければならず、同時にいつ・どこに行けば食べるものがあるかを知る博物学者として生きるしか無かったのでしょう。そしてまた、武器を自分で作り出す技術者でなければならなかったのでしょう。全て、知ることが重要なことです。こうした能力が生存に有利となって強化された結果、人は世界を知りたい、理解したいと願うようになったのではないでしょうか。

 閑話休題、人の先祖が生きるには、武器は必須でした。恐らく、最初に得られたものといえば棒と石くらいだったことでしょう。これらは何の苦労もなく得ることができます。棒であれば、折れ方によっては先端を突き刺すように使うこともできたことでしょう。そこから、槍の発明までは、そう大きな飛躍では無かったのではないでしょう。旧石器時代に武器として使われたことがはっきり分かっているのが、この槍と投石です。槍よりも遥か前から斧が使われていた証拠はあるのですが、投擲用の武器だったのか、獲物の解体に用いたのか、強度はなくとも棒に括りつけて武器と使用していたのか、議論があるようです。

 250万年前のエチオピアから、石器で肉をこそげ取った跡の残る骨が発見されています。また、骨は砕かれ、中の髄は食べられていたことが分かっています。斧のように見える石器は、こうした目的に使用されていたかもしれません。こうした肉食がヒトの脳を発達させた可能性も指摘されています。

 石と槍、2つの武器に共通する特徴は何でしょうか?それは、投げて使用することで、遠距離の敵を攻撃することができる、という点です。

 ヒトの進化を辿ると、人類の祖先アウストラロピテクスで手首の構造が大きく変わります。初期のアウストラロピテクスは前腕の拇指側にある、橈骨と呼ばれる長い骨の手首側の端に茎状の突起がありますが、これが後期アウストラロピテクスでは失われています。この茎状の突起はナックルウォーキングの際に体重を効率よく受け止めるためのものですので、アウストラロピテクスはナックルウォーキングから直立歩行へと移動方法を変えたと言えるでしょう。この時に、図らずもスナップを効かせてものを投げる能力が得られたのです。

 ものを投げる能力の獲得は、ヒト属を生き延びさせるのに無視できない、いや、それどころか欠くことのできない出来事だったかもしれません。

 投石という言葉の持つ原始的な響きから、その威力は軽視されるかもしれない。しかし、それは間違いです。今でも石打ち刑という、石を投げつけることによる処刑方法を採用している地域があります。キリスト教関連ですと、殉教者ステファノがこれで殺害されています。18世紀にサモア諸島に上陸したフランス人達は投石で12人の仲間を失う羽目に陥っています。同様の事例はカナリア諸島やオーストラリアでも見られ、いずれも正確さとダメージの大きさが記録されています。

 槍は一本の棒から作ることが可能です。ドイツのシェーニンゲンの遺跡から発見された木製の槍は、先端が鋭く尖り、重心も投げるのに適した全長の3分の1ほどのところにあるということです。

 槍は、長い柄の先に鋭利な切っ先を有すると考えれば、銃剣という形で今にも生きていると言えるでしょう。銃剣を投げつけることがないのは、それだけ離れた距離の敵相手には銃がありますから当然のことでしょう。槍は昔も今も、人類に無くてはならない武器だったのです。

 そこから矢が派生してきます。矢は、最初は弓と組み合わせて使うものではありませんでした。手で投げるものだったのです。アトゥラトゥルと呼ばれる道具を使うと、矢の発射速度を更に増することが出来ます。

 アトゥラトゥルとは、矢を収める溝と、矢を引っ掛けるための鈎状突起をつけた棒のことです。投げるときのスピードを上げるためにはどうしたら良いでしょうか?力を付ける?ええ、確かに。しかし、それには限界があります。それよりも、道具を使って回転半径を増やしてやることがより簡単です。アトゥラトゥルはまさにこのための道具で、棒の長さ分、腕が伸びたのと同じことになりますので、発射される矢は従来以上の破壊力を持つことになります。

 このアトゥラトゥルは、優れた武器をヒトの先祖に提供したという位置づけだけで済ませることは出来ません。なにしろ、2つ以上の部品からなる、初めての道具なのですから。その後で、弓が生まれるのです。なお、握りの部分が象牙で、美しい彫り物のされたアトゥラトゥルも発見されているとのことで、装飾に示す人の意欲という点からも興味深い話です。

 遠距離攻撃が可能な武器は、ヒト科の生物を一躍強力な捕食者へと変えました。その後、ヒトの到達した先々で、大型の動物が絶滅していきます。マンモス然り、巨大な陸生ナマケモノ然り。特に、そこに住む人々が脅威と感じるような、大型の肉食獣はことごとく数を減らします。捕食者が居なくなると被捕食者の楽園になるのではないかと思われるかも知れませんが、『捕食者なき世界』によるとそんな平和な話ではないようです。

 捕食者が居なくなると、草食動物が数を増やします。すると、植物は十分に育つ前に食べられてしまうようになります。捕食者が居なくなったことによって生物の多様性が失われた可能性が高いと見積もられているのですから、ヒトの進出は直接的・間接的に多くの生物を絶滅に追いやってきたと言えるでしょう。

 アメリカ大陸へ渡った人類は、しっかりと槍を携えていきました。ニューメキシコのクローヴィスで発見された1万5000年前の槍の先端部(尖頭器と言います)は、殺傷能力が高くなるように、表面は波状に加工されていました。そして、この尖頭器が現れるのと同じ時期から、大型動物は姿を消していきます。

 大型動物が絶滅した原因は環境が主因である、と唱える人も居ます。僅かな数の人がそれほどの力を発揮できたとは思えないこと、そして寒冷化して海抜が大きく下がりベーリング海峡が陸地になったり(ベーリンジアと呼びます)、再び温暖化してベーリンジアが海底に没するような大規模な環境変動があったことが理由です。後者の理由は説得力があるように思いますが、しかし、過去氷河期の前後でこれほど大掛かりな絶滅が起きていないことを考えると、主因は人類であると思った方が良いように思います。

 こうした話に興味をお持ちの方は『飛び道具の人類史―火を投げるサルが宇宙を飛ぶまで - 』を是非手にとって見てください。


飛び道具の人類史―火を投げるサルが宇宙を飛ぶまで -


捕食者なき世界 (文春文庫) -
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人類進化の700万年 (講談社現代新書) -
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100のモノが語る世界の歴史〈1〉文明の誕生 (筑摩選書) -
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2015年03月02日

有史以前 火の利用1

 武器と並んで、人間だけが使いこなすことに成功している技術に、火の利用があります。

 SF作家として知られるアイザック・アシモフは、また生化学者でもあり、優れた科学系の著作も多く残しております。その中の一冊である『化学の歴史』の中で、"人間は、火をおこし、それを保つすべを身につけた時に、化学変化を自分のために計画的に起こすことができるようになった(歴史上これを「火の発見」と呼ぶ)"と喝破しています。

 実際、火の利用は暖を取る、獣を近寄らせないといった働きも重要だったのでしょうが、料理ができるようになったことは死活的に重要だったでしょう。焼き物、揚げ物、煮物、炒め物。こうした料理は全て化学反応の世界です。化学反応論の世界では、一般的に温度が10℃上がると化学反応は2倍進むと言われます。煮物で100℃を実現しただけで、常温(ここでは20℃としましょう)の2の8乗倍、即ち256倍のスピードで反応が進むわけですから、偉大な力です。200℃だと、262,144倍です。揚げ物が煮物と全く違うのも頷けますね。

 火を使うようになったことで、人類はそのままでは食べづらい食べ物を美味しいご馳走に変えることに成功しました。穀物です。ふっくら炊きあげた白米、もちもちのパン、うどん・蕎麦・ラーメン・スパゲッティといった麺類、煮豆。これらは加熱が無ければそのまま食べるのは困難です。麦は小麦粉にしたとしても、小麦粉を水で溶いただけのものを食べるのはしんどいでしょう。ところが、ここに加熱という技術を用いると、美味しい食べ物の出来上がりです。

 『理屈で攻める、男の料理術―食材と調理法の基本をきわめる - 』では、それを"デンプンの魔術"と称しています。デンプンはアミロースとアミロペクチンからなります。アミロースは水溶性、アミロペクチンはもっと耐水性があります。水とともに加熱するとアミロースが溶け出し、その隙間に水が入っていきます。こうした、水が浸透する過程をゼラチン化と言います。このお陰で柔らかく、美味しい料理ができるようになるのですね。


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2015年03月03日

有史以前 火の利用2

 加熱には、おいしい食事を提供できることに加えて、殺菌作用という大きなメリットもあります。生肉には大量の病原菌や寄生虫が潜んでいますから、これを加熱して安全な形で食べられるようになったことは、味覚だけではなく健康にも大きな福音だったはずです。

 火の力が圧倒的だったがために、ギリシア神話ではプロメテウスが人間に火を与え、ゼウスがそれを不快に思ったエピソードがあるのでしょう。

 火を扱う技術は、土器をも生み出します。それは煮炊きにも力を発揮しましたし、貯蔵もまた姿を変えることになります。液体を溜め置くことのできる容器が生まれたことは、文化の一つの大きな形である、アルコールの誕生にも結びつくのです。こちらについてはまた後に詳しく論じましょう。

 尚、発見されている最古の壷は、縄文土器ということです。中国北部でも同時期の土器が出土しているそうで、どちらが先とも言い切れないようですが、ここは互いに優れた技術を身に着けたと褒め合うことにしましょう。特筆すべきは、あの文様でしょう。縄の結い方も様々で、余りにも特徴的なので25年程度まで土器が造られた年代を絞れる時期まであるそうです。

 土器の底に残った焦げから、土器を得た縄文人は木の実に加えて貝類も多く食べるようになったことが分かっています。あく抜きをしなければ食べられないようなものまで食事に組み込めるようになったのも大きいでしょう。ただ、この技術は世界中に広まっていったわけでは無く、世界の各地で土器は発明されていったようです。

 鍋を囲みながらビールを飲むような際には、火の有り難さに思いを馳せるのも良いかもしれません。

飛び道具の人類史―火を投げるサルが宇宙を飛ぶまで -
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理屈で攻める、男の料理術―食材と調理法の基本をきわめる -
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化学の歴史 (ちくま学芸文庫) -
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100のモノが語る世界の歴史〈1〉文明の誕生 (筑摩選書) -
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2015年03月04日

有史以前 暦

 武器の発達と同時期、人類はまた別の新たな知を得ていました。時の移り変わりを記録し、現在と未来を知ろうとするようになっていたのです。

 フランスのドルドーニュで発見された3万年ほど前のものと推測される骨には、月の変化を示すと見られる溝が刻まれていました。1万3000年前の遺跡からも、同様に月の満ち欠けに対応すると見られる刻み目が付けられています。これを原始的な暦として良いのかどうか論争があるそうですが、この頃には既に月の満ち欠けの周期は知られていたでしょう。そして、月の満ち欠けが12回繰り返される頃、同じ季節が巡ってくることもまた、分かっていたことでしょう。2万7000年前の「ローセルの地母神」という像には13の刻み目の付いた角を手にした女性像が掘られているそうです。月の満ち欠けがおよそ29.5日周期であることを考えると、これは一年間の月の満ち欠けの回数を記録したものとも言えるでしょう。

 月を利用した暦は、満ち欠けの回数を記録してあれば、あとは夜空を見上げれば今がどの時期なのかを教えてくれる利便性がありますので世界中で使われてきました。

 そしてまた、人々は月を用いた暦では不十分であることにも気がついていたはずです。地球が太陽の周りを一周するのに、平均して約365.24日かかるのに対して、月の満ち欠けの周期は29.53日ですから、月の満ち欠けが約12.37回繰り返されると一年が過ぎます。12回で一年だとすると、354日で一年間ということになり、11日が余ってしまいます。そこで、何年かに一度、閏月を挿入するといったような調整を行うことで、ズレを解消する方法が考え出されていきました。といっても、こうした努力がはっきり分かるのは、文字で苦労の跡が記されるようになってからですので、また後にこれについては論じることにしましょう。

 ただ、ここでは文明の始まりであるシュメールにおいては、360日の暦が使われてきたことを記しておきましょう。1日を24時間に分けるのも、同じくシュメールで行われていたことです。その起源がどこにあるのかは分かっていないそうですが、シュメールが60進法を使っていたことが関係しているのでしょう。なお、太陽暦の使用は、エジプト文明を待たなければなりません。

 いずれにしても、人類は周期的に訪れる季節を記録することで、未来を考える力に磨きをかけたのでしょう。あと1回月が満ち欠けしたら暖かくなるから、食べるものが容易に得られるようになるだろうとか、寒さが訪れるまであと僅かしか無いので今のうちに備えておこう、と考えて、実行に移せるようになったに違いありません。

暦をつくった人々―人類は正確な一年をどう決めてきたか -
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2015年03月09日

有史以前 家畜化 イヌ1

 人類最良の友と言われることもある、イヌ。その祖先はタイリクオオカミ(ハイイロオオカミとも)です。犬は最も早い時期に家畜化された動物で、人との共生は少なくとも1万5000年以上遡ることができます。どこでその共生が起こったのか論争は続いていますが、2013年にサイエンスで発表された論文によると、1万9000年から3万年ほど前のヨーロッパであるとしています(他にも東アジア説、西アジア説、メソポタミア説等があります)。

 遺伝子の違いを調べると、イヌとオオカミではたったの0.2%しか違いが見られませんので、イヌの学名はオオカミに吸収されてしまった程です。1万5000年と聞くと長い時間が過ぎたように感じますが、遺伝子の変異という点ではそんなことはないのですね。

 イヌとオオカミで遺伝子がほぼ同じということは、様々な犬種はあれどもその差はイヌとオオカミの差よりもっと小さいということになります。大型犬と小型犬、ブルドックのように平たい顔の犬まで実に多くの犬種があるのは、胎児から子犬にかけての発達を司る遺伝子の変異が原因です。

 また、遺伝子の僅かな変異の結果、イヌはでんぷんを分解するための酵素、アミラーゼを持ちます。そのため、人類が農耕を始めてからイヌが家畜化されたと唱える説があります。狩猟採集を行っていたところだという説もありますが、前者の方が説得力があるように感じます。皆様はいかがでしょうか?

 因みに、イヌは甘みを感じることができます。味を感じるための味蕾という器官がありますが、約2000個(人間の1/5程度)程度の味蕾の中に、甘みを感じるものが見つかっているのです。これは澱粉を分解できる能力と関係がありそうですね。更に余談になりますが、ネコは甘みを感じられないとされています。そんなこと言うけど、ネコも甘い物を食べるよと思われるかもしれませんが、ネコは出されたものを食べているだけで、好んでいる訳では無いとされます。ただ、脳のエネルギー源になるのはブドウ糖だけですから、与えて悪いわけでは無いでしょう。同様に、魚も好んで食べるわけではありません。本来の食性に近い肉を与えるほうがバランスは良いと言われますのでご注意ください。

 人間が感じることができる味は、甘味、苦味、酸味、塩味の4種類と長く思われてきましたが、5番めの味覚として池田菊苗さんにより旨味が発見されています。イヌのほうがネコよりも人間に近いということですね。人間は味蕾が多いので、お陰で私達は食事を楽しむことができるのかと思うと嬉しくなります。尚、味覚は亜鉛不足によって感受性が落ちてしまいますので、豊かな味わいを楽しむためには亜鉛の摂取量に気を付けたほうが良いでしょう。

 私が初めて一緒に暮らしたイヌは心臓が弱く、薬が欠かせなかったのですが、錠剤の薬を餌に混ぜても実に器用に錠剤だけ残していました。チーズに包んでも、チーズだけ食べてしまうのです。どうせ10秒の食事なのに(笑)。イヌは口の構造上、上下には動くが前後には動かないためほとんど丸飲みしか出来ないのに何で?と今でも思ってしまいます。薬を残す問題は、錠剤から液体にしてして、注射器で口の中に注入するようにしたことで解決しました。同じ問題にお悩みの方は挑戦してみてください。


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