2015年02月23日

序章 ギルガメシュ叙事詩1

 人は、いつから「知りたい」という欲求を持つようになったのでしょうか?私は勝手に、遥か昔からだと考えています。

 何を食べることができて、食べては行けないものは何か?いつ、どこに狩りに適した獲物が居るのか?どうすれば冬の厳しい寒さを耐え凌げるか?危険な猛獣や敵対的な集団から避けるにはどうしたら良いか?こうした問いについて答えを知っていることは、我々自身の遠い先祖にとって、死活的に重要だったことでしょう。

 狩りや採集で十分な食料が確保できれば、彼らの問いかけは、もっと遥かに抽象的なことに向かいました。

 太陽はどうして毎日上り、沈むのだろう。時たま起きる日食や月食とは何なのだろう。目の前に広がる世界はどうしてこのような姿をしているのか。

 こうした問いかけの中でも最も切実だったものは、「どうして人は死ななければならないのか?」だったのではないでしょうか。

 「世界最古の物語」と呼ばれることもあるギルガメシュ(ギルガメッシュ、ビルガメシュとも訳される)叙事詩をご存じでしょうか?ギルガメシュは、紀元前2600年頃にメソポタミア(現在のイラクに当たる)の都市ウルクに実在した王だと考えられています。彼はいつしか壮大な物語の主人公となり、神話とも結びつけて語られたのがこのギルガメシュ叙事詩です。

 少し話は脇道に逸れますが、太古の話を読む際には気をつけておくべきことがあります。それは、より後代に付け加わった新しい話は、過去に挿入されるということです。何故でしょう?それは、近い過去は既に逸話で満ちているから、付け加えることが出来ないからです。それと引き換え、まだ誰も語っていない過去は空白だらけです。そこに、後代の物語作者は新たな逸話を押し込めるのです。ですから、ギルガメシュ叙事詩にもこうした話が後代に加えられたと考えるのが妥当でしょう。

 雑談ついでに更に文章を割くと、どうしてギルガメシュ叙事詩が世界最古の物語かと言われるのかといえば、それはメソポタミアの地こそが、最初に文字を生み出した文明だから、です。それ故、他の地域や後の時代に与えた影響は極めて大きいものがあります。例えば、ノアの箱舟の物語のもとはこの地で生み出されましたし、バベルの塔のモデルになったのはバビロンにあったジッグラトと呼ばれる高層建築(8階建てのものもあった)と言われます。なぜメソポタミアの地で文明が花開いたのかは、それはそれで興味深い話なのでいづれ語ることにしましょう。

 因みに、40日間の大雨で高い山々の頂上まで水に浸かるようになるには、滝と見まごう程の降水量が必要とされます。ノアの方舟がたどり着いたのはアララト山と言われます。その標高は5,137mです。40日間は960時間ですから、時間あたり5m、つまり5,000ミリ以上の降水量が無ければこんな短期間ではアララト山の山頂まで水が溜まりません。

 昨今騒がれるゲリラ豪雨は1時間あたりの降水量が100ミリを超えるレベルですから、5,000ミリとなるとバケツをひっくり返したという比喩すら可愛く思える感じでしょう。最新鋭の航空母艦ですらもたないと言われますので、仮に方舟で逃げようとしてもひとたまりもなかったはずです。

 本題に入りましょう。ギルガメシュ叙事詩は、3分の2が神、残る3分の1が人であるというギルガメシュが辿る、喪失の物語です。内容についておおまかに述べますが、私が参照しているのは『世界最古の物語―バビロニア・ハッティ・カナアン』です。

 ギルガメシュは神の血を引いているため、強大な力を持っています。しかも、神の加護付きです。ところが、彼は力で支配をしていたため、民は神にギルガメシュと対抗し得る存在を求めます。まるで、乱暴者の故に高天原から追放されたスサノオのようですね。

 民の言葉を聞き遂げた女神(ここで女神が出てくるあたり、スサノオに対して怒りを表したアマテラスオオミカミを彷彿とさせます)はエンキドゥという野人を作り上げます。ギルガメシュととエンキドゥは戦い、エンキドゥがギルガメシュを投げ飛ばして勝負は付きます。しかし、この戦いで2人は仲良くなってしまうのですね。これが後に重要な意味を持ちます。

 では民の願いはどうなるのでしょう?続きは次回と致します。


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posted by 仲井 智史 at 21:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 神話・伝承 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月25日

序章 ギルガメシュ叙事詩2

 ギルガメシュは冒険が好きです。唐突なキャラクター設定ですが、そう書かれているので仕方がありません。もしかしたら、以下の物語と前節までのものは別々に成立したものを組み合わせたとか、前節はエンキドゥの存在を説明するために後に挿入されたか、はたまたこの間にギルガメシュが性格を大きく変えることになったエピソードが元々存在していたのが削られたかしたのかも知れません。この叙事詩は幾つかの物語を整理して完成されたと推測されていることを考えれば、最初の可能性が一番高そうです。

 さて、冒険を愛するギルガメシュは、神の森にある杉の木を切り倒そう、とエンキドゥに持ちかけます。その木はフンババと呼ばれる、一つ目でその目に見つけられた者は石にされてしまうという恐ろしい怪物が守っています。ギリシア神話のゴーゴンを更に凶悪にした感じですね。エンキドゥは無謀な冒険に反対しますが、ギルガメシュに半ば無理強いされるような形で冒険の旅に同行することになります。

 神の力も借りたギルガメシュとエンキドゥがフンババを倒すのですが、その後がいけません。ギルガメシュの力と魅力にすっかり参ってしまった女神イシュタルの求愛をギルガメシュが酷いやり方で拒み、エンキドゥもまた彼女を嘲ったため、彼らは神々の怒りを買ってしまうのです。結局、エンキドゥ神の力によって病に冒され、死んでしまいます。

 無二の親友エンキドゥを喪ったギルガメシュは不死を願い、旅に出ます。途中、何度もギルガメシュの望みは大きすぎて叶えられることはないだろうとの忠告を受けますが、彼は耳を貸しません。遂に彼は不死を得たという一人のウトナピシュティムという老人を探し当て、話を聞き出します。

 この時、老人が語る話の中に大洪水の説話があります。彼は遥か昔、神の警告によって大雨を知り、方舟を作って家族と家畜を乗せて7日間の大雨をやり過ごします。山に方舟が乗り上げた後で、水が引いたかどうか鳩、ツバメ、カラスの順に空に放ち、カラスが帰ってこなかったことで水が引いたことを知る件も、ノアの物語にそっくりです。元々は『アトラ・ハシース物語』にあった説話だそうですが、上手くストーリーに織り込まれています。

 結局、ここでも不死になる方法は得られないのですが、若返ることができるという薬草を手に入れることには成功します。ところが、彼が目を離した隙に、蛇がこの薬草を飲み込んでしまい、薬草は失われます。失意のギルガメシュは故郷のウルクに帰ります。ここでおまけがあって、薬草を飲んだ蛇は脱皮して若返ります。さり気なく、どうして蛇が脱皮するのかという謎への答えを織り込んでいるところが良いですね。

 ギルガメシュ叙事詩はフンババ退治まででも十分に面白い物語なのですが、この後があるからこそ語り継がれたのだと思われます。特に、不老や不死、死からの復活は決して叶えられることが無いと説くところが、この物語の核でありましょう。

 死者を復活させることは決して出来ないことだという諦観は、ギリシア神話でオルペウスが若くして死んでしまった妻エウリュディケを冥界に探し求め、遂に冥界の王ハーデースから彼女の魂を返してもらうことに成功しますが、「地上に出るまで決して振り返って妻の顔を見てはならない」と警告されたのに、地上の一歩手前でその禁を破ってしまい、永遠に妻を喪った話にも見えます。因みに、彼は後にヘラクレスらと冒険に出ることになり、死後に彼を悼んだアポロンの手によって奏でていた琴が天に飾られ、琴座となります。

 このギリシア神話と全く同じモチーフが日本の神話でも繰り返されます。妻イザナミを喪ったイザナギが黄泉の国に赴き、決して見てはならないと言われた妻の姿を見ると、そこには腐敗して蛆にまみれた姿があるため恐ろしくなって逃げ出す物語。但し、エウリュディケは冥府に連れ戻されるだけですが、イザナミは夫を追いかけ、黄泉平坂で逆に追い返されるという違いはありますが。

 いずれも、死はいつか必ず訪れ、復活はままらないことを教えています。

 人類で最初の文字を持つ文明が、既にこの考えに到達していたのは何故でしょう?私はそこに、人類の持つ普遍的な畏れや、いつか死なねばならないという不条理感を見ずにいられません。

 同時に、私はこの説話に人間の知りたいという欲望をも見ます。物語の最後、蛇が脱皮するのはギルガメシュの得た若返り薬を飲んだからである、という部分は物語の主題から大きく外れる、日常の何故に応える部分に見えます。ここも、きっと蛇が脱皮するのは若返りの薬草を云々という別の話があったのを上手く組み入れたのでしょう。結果、ギルガメシュの願いを打ち砕くという決定的なシーンになっているのはお見事と評するしかありません。

 今日はここまでと致します。


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posted by 仲井 智史 at 18:00| Comment(4) | TrackBack(0) | 神話・伝承 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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