2020年09月15日

三国志 長安遷都3 董卓の一存で長安遷都が決まる 洛陽では董卓が洛陽を逃げ出すことを嘲笑する「董卓逃げた」の歌が流行り、数千人が殺される

 この伍孚の本籍と字は伍瓊と同じなので、あるいは伍瓊とはこの伍孚の事で、死の状況に異聞があって、三国志が記されるまでの間に別人のこととされるようになったのかもしません。

 長安遷都はこのようにして、董卓の一存のみで決定されました。なお、この頃の洛陽で以下のような董卓を嘲る童謡が流行ったと『王朝滅亡の予言歌―古代中国の童謡 (あじあブックス) - 串田 久治』は紹介しています。

楽世を承けて 董逃ぐ
四郭に遊びて 董逃ぐ
天恩を蒙りて 董逃ぐ
金紫を帯びて 董逃ぐ
恩に謝せんことを行いて 董逃ぐ
車騎を整えて 董逃ぐ
発せんと欲するに垂(なんなん)として 董逃ぐ
中と辞して 董逃ぐ
西門を出でて 董逃ぐ
宮殿を瞻(み)て 董逃ぐ
京城を望みて 董逃ぐ
日夜 絶えて 董逃ぐ
心 摧傷(さいしょう)して 董逃ぐ
太平の世を承け 董卓逃げた
田舎で遊んで 董卓逃げた
天子の恩受け 董卓逃げた
立派になって 董卓逃げた
お礼を言って 董卓逃げた
車を整え 董卓逃げた
発車寸前 董卓逃げた
朝廷と別れて 董卓逃げた
西門を出て 董卓逃げた
宮殿を見上げて 董卓逃げた
都を見わたし 董卓逃げた
日に夜をついで 董卓逃げた
心くじけて 董卓逃げた
  

 董卓の末路を予言する「董逃の歌」を知った董卓は、禁絶しようとして数千の者が犠牲になったそうです。

 移動に先立ち、董卓は皇甫嵩を城門校尉に任命し、おびき寄せて殺そうとします。かつて、董卓の軍閥化を恐れる朝廷がその軍を皇甫嵩に預けさせようとしたことがありましたね。董卓はこのことから皇甫嵩を恨んでいたのです。

 長史の粱衍は皇甫嵩に対し、「漢王室の力は衰え、宦官が朝廷を見出し、董卓がこれを誅しましたが国に忠を果たしていません。それどころか都を寇掠し、皇帝の廃立すら意のままにしています。将軍を召したのは少なくとも恥辱を与え、最悪ならば危害を加えられるでしょう。今、董卓は洛陽に留まり、天子は西に来ようとしています。将軍は麾下3万の兵をもって陛下をお迎えし、勅命を奉じて逆賊を討ち、国内に命令を発して兵を将軍たちから徴し、袁紹は東から、将軍が西から董卓に迫れば、虜とすることができるでしょう」と主張します。

王朝滅亡の予言歌―古代中国の童謡 (あじあブックス) - 串田 久治
王朝滅亡の予言歌―古代中国の童謡 (あじあブックス) - 串田 久治


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posted by 仲井 智史 at 12:00| Comment(0) | 三国志 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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