2020年09月14日

三国志 長安遷都2 汝南の伍孚(城門校尉の伍瓊と同一人物か?)は董卓が見送りに来た機会に刺殺を謀るも失敗し、殺される

 使者が朱儁を訪れましたが、朱儁は「国家が西に移るならば、必ず天下の望みに叛き、山東は乱れる。臣は認められぬ」と言って任官を拒否しました。使者は「あなたを召して重職につけようとしても拒否するのに、長安遷都については聞かれてもいないのに反対論をぶつ。なにをしようというのか」と詰ります。朱儁は「相国の副となるのは臣の耐えうるものではない。遷都は緊急に決めなければならないことではあるまい。耐えざることを辞し、急ぎではないことを急ぎではないと指摘するのは、臣下の姿であろう」と言って考えを変えません。使者から朱儁の拒絶を聞いた董卓は、朱儁を副官とすることを諦めました。

 その代わり、もっと楽な方法を取ることにします。すなわち、単に朱儁の意見を無視することにしたのです。

 2月、董卓は太尉の黄琬、司徒の楊彪を免じ、城門校尉伍瓊、督軍校尉周珌を殺害します。伍瓊や周は袁紹が長安から逃げ出した際に董卓をなだめ、袁紹との決定的な対立を避けるために袁紹を渤海太守に任命させていました。そのうえ、董卓を嫌う彼らは袁紹と内通してもいたのですが、殺されたのはそれが露見したためではなく、彼らが推挙した劉岱、孔伷、張邈らが関東で挙兵したためです。長安への移動に先立ち、不満分子を粛清したことになります。

 楊彪の後任には、太僕の王允が充てられました。

 この時、汝南の伍孚なる者は董卓に憤り、朝服の見えないよう鎧を着込み、佩剣を潜ませて董卓と見え、隙を見て董卓を刺殺しようと図ります。話が終わった伍孚が辞去しようとすると、彼の意図を知らない董卓は送ってきました。

 千載一遇の好機と見た伍孚は、刀を出して董卓を刺そうとしましたが、董卓は身を引いて躱し、伍孚を捕えました。

 「背くのか」と董卓が問うと、伍孚は大声で「お前は私の主君ではないし、私はお前の臣ではないのだから、これを謀反とは言わぬ。お前は国を混乱させ、天子の位を奪い、罪悪は限りない。今日こそ私の死ぬ日だからこうして奸賊を殺しに来たのだ。お前を市場で車裂きの刑に処して天下の人々に謝罪できなかったことが残念だ」と叫び、殺されました。


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posted by 仲井 智史 at 12:00| Comment(0) | 三国志 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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