2020年05月23日

後漢 梁冀専横 梁冀に対する反乱は叩き潰され、その政敵の李固や杜喬はご駆使させられる ファフロッキーズ現象の発生

 当然、梁冀の専横に対する反発も生まれます。

 11月、清河の劉文や南陽の劉鮪らが劉蒜を天子と立てようとします。劉文らは清河の相の謝ロを捕え、劉蒜を天子にし謝ロを3公に据えようとしたのですが、謝ロに罵られた劉文は謝ロを殺害してしまいました。

 反乱計画は肝心の劉蒜が賛同しないままに鎮圧され、劉文らは誅殺されました。劉文や劉鮪といった劉姓の人びとが反乱を企てたことは、劉氏の中で反梁冀的な動きがあったことを示しているのかもしれませんね。

 劉蒜は連座して清河王を廃止され、尉氏侯となって桂陽に移されましたが、そこで自殺しました。あるいは、自殺を強要されたのかもしれません。

 この機会を利用して、梁冀は邪魔者を排除することにします。即ち、梁太后に、李固や杜喬が反乱に与していたと誣告したのです。

 梁太后は杜喬の忠実さを知っていたため逮捕を拒みました。そこで、梁冀はまず李固を獄につなぎます。李固の支持者たちは梁冀に対して反対運動を繰り広げましたが、獄中の李固が亡くなってしまいます。享年、54でした。

 梁冀は杜喬に、自分に従えば妻子は許す、と脅しをかけます。杜喬は従わずに逮捕され、李固同様に獄死しました。

 両名の遺体は晒され、梁冀は死体に近づくことを禁じます。それでも汝南の郭亮が李固を、陳留の揚匡が杜喬の遺体を葬りました。梁冀の悪政の下にあっても心ある者はいるのですね。梁太后はこれを許しました。

 翌148年正月、桓帝は元服します。もちろん、梁冀が実権を奉還などするわけもありませんので、桓帝には権限などありませんでした。桓帝は当然梁冀を不快に思っていたわけですが、桓帝の年齢や質帝の事例を見ればとても梁冀に逆らえませんでした。

 149年7月、廉県(現在の寧夏回族自治区銀川の北)に肉が雨のように降った、という奇妙なことが記録されています。続漢書の五行志には、その肉はヒツジの肺に似て、手のような大きさだったとあるそうです。ファフロッキーズ(fafrotskies;falls from the skies、空からの落下物からの造語)と呼ばれる、魚やカエルが降る現象に似たものでしょうか。間違いなく、後漢書の著者の范曄は梁冀の悪政に対する凶兆として、この記録を残したのでしょう。


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posted by 仲井 智史 at 12:00| Comment(0) | 後漢 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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