2020年03月28日

後漢 厳罰化論議2 法律で禁止事項を増やしても社会は良くならないとの上書を受け、厳罰化は見送られる 統一後の人口統計について

 厳罰化案を聞いた杜林は、「人の心をくじくならば、節義の心が失われるものです。法律で禁止することを増やしても、法律から逃れる行動が増えるに過ぎません。孔子の説く『免れて恥なし』というものです。漢が成立すると過去の失敗や成功から法律の過剰なものを無くして足りないものを補い、苛政を除いて粗い網をつくりました。それ故、社会は安定して人々は寛容な政治になついたのです。法を厳しくしてもつまらぬ理由で死刑となる者が増えるばかりで、法律をもっても止めることはできず、皆が法を逃れて相手を貶めるばかりになるでしょう。法を変えるべきではありません」と上書し、劉秀はこの提言に従って法律を変えることはありませんでした。

 もっとも、劉秀は一貫して恤民政策を続けていますから、杜林の言葉が最も受け入れやすかったということはあるのでしょう。

 39年、戸籍調査が行われます。古代における戸籍調査目的を『歴史と統計学 ――人・時代・思想 - 竹内 啓』は「戸籍を作って人民を数え上げることは、君主が直接人民を支配することの表れでもあり、手段でもあったのである」と記します。続いて、中国の場合についてこう述べています。

 中国の人口史料を貫く顕著な事実は、それが常に「戸」と「口」という2つの単位で記述されていること、そして「口」より「戸」が重視されていることである。このことは中国の王朝が人身把握を支配の原理としており、しかも、それを「戸」という小家族単位で行っているということを意味している(日本では古代の班田制が崩壊した後、支配の対象は「土地」であり「人」ではなくなった。そのため戸籍制度がなくなり、18世紀初頭に徳川吉宗が人口調査を始めるまで、人口を直接表現する基礎史料はなかった。16世紀末に行われた「太閤検地」は全国の土地<農地>を詳細に調べたが、人の数を数えることは目的としていない)。


 人口統計がとられたことは、税金の徴収のためだったのですね。これは他の地域も同じで、例えばローマは徴税対象のローマ市民の統計のみ取得していたことが知られています(ナザレのイエスの誕生神話に見える人口調査のために本籍地に帰る途中で生まれたという神話が作り話であることが分かりますね)。全土の人口を調査するような、時間も金も必要なことは、国にとってもそれだけの理由があるものなのです。


歴史と統計学 ――人・時代・思想 - 竹内 啓
歴史と統計学 ――人・時代・思想 - 竹内 啓


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posted by 仲井 智史 at 12:00| Comment(0) | 後漢 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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