2020年02月16日

後漢 長安への帰還命令 劉玄は劉秀を蕭王に封じ、長安へ帰還するよう命じるが、劉秀は耿弇の意見を容れて命令を拒否する

 劉秀が人心収攬に優れた人物であることを教えてくれるエピソードですね。

 さて、劉玄は劉秀が河北を鎮圧したことを知ると、劉秀を王郎討伐の功績で蕭王に封じると同時に、軍を解散して長安に帰還するよう命じます。

 これを聞いた劉秀の部下の耿弇は寝室に入り、人払いを頼みます。そして「更始は政治を執らず、将軍は勝手に命令を下して都の中では地位の高い者たちが好き放題をしています。天子の命令は城門を出ず、庶民は何に従えばよいかわかりません。財物を略奪し、婦女をさらい、金や玉を持つ者は生きて往来することすらできない有様で、王莽を慕うようになっています。赤眉は大軍で、長く負けを知りません」と状況を整理した上で、劉玄に従わずに北の幽州に向かい、精鋭を集めて大計を為すべきだ、と説いたのです。

 耿弇の言葉通り、劉玄は長安に入ると、酒色に溺れ、すっかり弛緩しきった生活を送るようになっていました。趙萌の娘を夫人として、外戚となった趙萌に政治を任せきりにしてしまいます。寵愛する韓夫人と酒を飲んでいる時に宦官が上奏に上がると、韓夫人は「陛下が私と酌み交わしているというのに、なぜいま持ってくるのですか」と怒り、上奏を破り捨てる有様でした。趙萌は奢り、権力を壟断します。

 軍師将軍の李淑は、「賊は討たれ始めたばかりで王下は未だ行われておりません。臣下たちはその任務を慎重に行い、制度を整え、能力のある者を招き、才能に応じて爵位を与え、王国を正すべきです。今、幹部は兵士あがりばかりで、行政府にも凡人ばかり、賊を捕らえた亭長が国家を維持する重鎮となっています。報奨を不適切な者に加え、国を治めようとしても木に縁りて魚を求むが如きものです。臣は憎しみから申し上げているのではなく、陛下のためにその振る舞いを惜しむ次第です」と諌めました。

 しかし、劉玄は怒って李淑を獄に下してしまったのです。劉玄の姿勢に関中の人々の心は離れていきます。耿弇の説得は実に時宜に適ったものでした。


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posted by 仲井 智史 at 12:00| Comment(0) | 後漢 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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