2019年12月11日

ミイラ アンデスのミイラ 世界最古のミイラを生み出したチンチョロ文明について

 長期間に渡って行われた風習で、悪霊を遠ざける、美の追求などの説が唱えられているのですが、上述の通り南米の文化は文字を持たなかったため、理由は分かりません。

 なお、頭蓋骨の変形についても地域差があるようで、縦に長く延した円錐形の変形は高地から、前後から潰したような扁平系は海沿いから発見されることが多いそうです。

 骨の形状から民族や生前の生活を探る人類学者にとっては、このような強制的な変形は研究を阻害する厄介なもののようです。ただ、この変形の最大の犠牲者は、矯正の痛みに苦しんだ子どもたちでしょう。

 さて、世界最古のミイラを生み出したチンチョロ文明ではエジプトとは全く異なる、独自のミイラ文化が発展していました。

 初期のミイラは表面が黒ずんでいるため、ブラックミイラと呼ばれます。乳幼児や子どものミイラが多く、親が死んだ子を近くに残すためにミイラ化させたのではないか、と言われます。乳児死亡率の高かったであろう古代でも、子を失った親の悲しみは変わらなかったのでしょう。
興味深いことに、このブラックミイラは四肢を切断し、木や紐で再び組み立てられました。

 全てのミイラを永遠に留めるわけにはいきませんので、当然葬られる場合もあります。アンデスでも死後の世界は信じられており、死者がが困らないように糸車やツボ、櫛などの日用品と食料が供えられました。

 前3000年頃のレッドミイラと呼ばれるものは手足を切断することはなくなっており、前2000年頃には泥が塗られる泥塗りミイラへと変わっていきます。泥塗りミイラには内臓も残っているということで、ミイラ化の方法も進化を遂げていたのですね。

 南米のミイラ文化はこの海岸沿いの地域がインカ帝国に組み込まれたことからまた大きくその姿を変えます。

 インカ帝国は8代目の皇帝パチャクテク(在位1438年〜1471年)の時代に領土を1000倍ほどに拡張するという躍進を遂げます。そして次代のトバ・インカ(在位1471年〜1493年)が中央アンデスを統一しました。これは新大陸に勃興した国の中では最大の版図となります。


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posted by 仲井 智史 at 12:00| Comment(0) | ミイラ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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