2018年07月14日

春秋戦国 頃襄王即位1 楚では王も太子も不在となり太子帰国が急がれるも、斉は足元を見て土地割譲を要求する

 さて、楚では王が囚われ、太子は斉に人質になっているという状況になり、大臣たちは鳩首会談し、善後策を検討します。一時は楚国内にいる王子を即位させるとのアイディアが支持を集めますが、「王も太子も他国で苦しんでいる中、王命に背いて庶子を立てるべきではない」との意見が通ります。

 さりとて、太子は斉に留められており、事情を話せば斉は火事場泥棒を働こうとするに違いありません。そこで、楚では懐王が薨じたため、太子を帰国させて欲しいと斉に伝えました。

 戦国策によれば、斉の湣王はすんなりとは太子を返そうとせず、「東方の土地500里四方を割譲するというなら太子を楚に帰そう」と足元を見て難題をふっかけました。太子は割譲を約束して帰国し、即位します。

 史記では、太子と土地の交換を考えるものの、他の者が王に立てられれば無駄な人質を抱えた挙げ句に天下に不義を示すと宰相が反対したため太子は帰国を許されたとありますが、戦国策の方がこれから後の話が面白いので、まずはそちらを見てみましょう。

 斉から帰国した太子横が即位し、頃襄王となります。頃襄王は早速臣下の慎子に斉との約束をどうすべきか諮ります。慎子は臣下を集めて議論すべき、と進言しました。

 上柱国の子良は「与えるべきです。王が自ら約束しておきながら破るのは信義にもとり、以後他国は我が国を信じなくなるでしょう。与えてから攻めるのが良いでしょう」と信用第一の立場を取ります
 
 昭常は「与えてはなりません。我が国が強いのは国土が広いからです。土地の割譲は我が国の凋落を招きます。私が守ります」と、無理筋な要求を拒否することを説きました。

 景鯉は「与えてはなりません。ただ、楚単独の力では守るのは困難でしょうから、私が秦に援軍を頼みに行きましょう」とより現実的な路線を主張します。


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posted by 仲井 智史 at 12:00| Comment(0) | 春秋戦国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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