2018年06月13日

春秋戦国 稷下の学士1 斉は軍事的勝利と国土の拡大で繁栄を手にし、斉王はその資金を背景に学者たちのパトロンとなる

 彼の思想は後に韓のある王族に影響を与え、更には秦にも少なからぬ影響を与えるようになりますので、名前を覚えておいても良いかも知れません。

 さて、西方では秦が密かに雄飛しようとしていましたが、この時点で諸国中最大の力を握ったのは斉です。斉の首都臨淄の稷門の外に知識人を招きました。威王とその次の宣王の時代に多くの学者が訪れ、彼らはこの稷門に因んで「稷下の学士」と呼ばれます。

 後に触れることになる孟軻、墨家、陰陽家の鄒衍(史記では騶衍とされます)らが活躍しました。

 鄒衍は五行思想という、木・火・土・金・水の5つの特性が関係し合うことで世界を説明できるとするものです。以下に五行の関係を纏めます。

 弱い強い方角
中央
西


 後の秦の始皇帝の代に採用され、秦は自らを水徳の王朝とします。黄帝が土、禹が木、湯が金、文王が火と定められました。漢代に陰陽説と結びつき、陰陽五行説となっていきます。

 三国時代の幕開けとなる黄巾の乱において、「蒼天既に死し黄天将に立つべし」をスローガンにしていたのはこの五行説を背景にしています。まあ、設定がおかしいというツッコミがあるのですが、それは措いておきましょう。

 さて、多くの思想家たちが論を戦わせたことを指して諸子百家という言葉がありますが、それぞれの流派に付けられる○家という名前は、前漢の劉歆が整理・記録し、一部についてはその名を与えたものです。

 劉歆と言えば、父の劉向と共に『戦国策』を編集した人物でしたね。劉向が典籍の校訂を命じられていたが、途中で死去したために息子が後を継いだものです。その成果である『七略』は今では失われてしまいましたが、『七略』を踏襲している漢書芸文志には、儒家、道家、陰陽家、法家、名家、墨家、縦横家、雑家、農家、小説家の10種が記録されています。小説はつまらない(=小)話(=説)のことで、創作話のことではありません。

戦国策 (講談社学術文庫)
戦国策 (講談社学術文庫)


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posted by 仲井 智史 at 12:00| Comment(0) | 春秋戦国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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