2018年05月02日

春秋戦国 春秋戦国という時代6 少数ではあるが、銀貨も使われた 銅と銀の融点の違いが銀利用を促進する

 秦の統一と共に貨幣も統一化されます。方孔円銭と呼ばれる、円形で中心に正方形の穴が穿たれたもの。四角なのは、成形するときに棒を差し込んでまとめてヤスリがけするのに便利だったからとする説があります。あの穴には、バームクーヘンの穴と同じような機能があったのですね。

 楚が独特なのは銅貝だけではなく、金貨や布銭型の銀貨の流通も同じです。

 銀は銅の副産物として得られます。銅の融点1084.5℃に対し、銀は961.9℃です。「 銅鉱石には銀も含まれていることが多いため、銅生産に伴ってそれより融点の低い銀が特に副産物として多く生産されることにもなった」(『貨幣の中国古代史 (朝日選書)』)

 金が珍重されたのは何も楚に限った話ではありませんから、楚の金貨は秦や斉でも流通していました。

 後進国であった秦では布も貨幣として使われていました。秦から貨幣としての布が消えていくのは、楚を飲み込んでからのことです。やがて中国の貨幣の歴史において時代を画することになる、「半両」の銘のある半両銭が前308年の年号が刻まれた木簡の収められた墓から発見されています。恐らく前336年ないし前335年のものとのことで、これ以降は規格化された銅銭が使われるようになっていきます。

 春秋時代の変化について纏めますと、鉄利用と活発な経済は人口増をもたらし、人口増が戦争多発と戦争の姿を大きく変えました。周囲を開墾し尽してしまえば、人口を支えるために新たな土地を求めていかなければなりませんから、戦士となった人々にもそれなりにメリットがあったはずです。同時に、余剰人員は孔子一派のような学問集団をも生み出します。

 小国は滅ぼされて少数の大国が台頭し、大国の勢力内からは夷狄と呼ばれた異民族が徐々に漢民族に同化されていくことで姿を消していきました。そして、国の中では内部では一体感が醸成されていきます。『貨幣の中国古代史』が魯について書いている文章をみてみましょう。

貨幣の中国古代史 (朝日選書)
貨幣の中国古代史 (朝日選書)


面白いと思ったら押して下さると嬉しゅうございます^^

人気ブログランキングへ
ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
ラベル:春秋時代 中国
posted by 仲井 智史 at 12:00| Comment(0) | 春秋戦国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

面白いと思ったら押して下さると嬉しゅうございます^^
人気ブログランキングへブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村