公孫杵臼は他所の赤子を手に入れると、山に篭ります。そして程嬰は公孫杵臼を裏切ったふりをして、2人の居所を密告しました。追手が派遣され、公孫杵臼は程嬰を罵りながら、赤子と2人で殺害されました。赤子こそいい迷惑だったわけですが……。
趙家の最後の1人も殺されたと信じられたことを確認すると、程嬰は趙武を連れて山に隠れました。それを知っていたのは、韓厥ら趙朔を守ることを固く誓った人々だけでした。
15年後、晋の景公が病を得ます。占い師に判断を仰ぐと、大業を為しながら祭祀の断たれた一族の恨みである、と出ました。そこで韓厥が、それは趙一族ではないか、と指摘します。景公は興味を示し、趙家に生き残りはいるかと尋ねます。趙武のことを知る韓厥は、事情をつぶさに打ち明けます。
景公は趙武を元の地位に付け、屠岸賈の一族は滅ぼされました。それを見届けた程嬰は、地下の公孫杵臼に報告しなければならぬと、趙武が泣いて翻意を促すのも聞かずに自害しました。趙武から再び趙一族は勢力を伸ばし、やがて戦国の七雄の一角を占めることになる趙へとつながっていきます。
桓公死後の斉に目を向けましょう。
管仲の諌めも聞かずに佞臣を重用し、死後は子供たちが佞臣たちと合従連衡して互いに攻め合い、桓公の遺体は放置されたことまで紹介しましたね。まず、無跪が立ちますが、僅か3ヶ月後に宋が斉を攻めると斉の人々は無跪を殺害します。彼の統治はあまりに短かったため、諡すら与えられませんでした。続いて孝公、昭公、懿公、そして恵公が立ちます。
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