2017年12月07日

ローマ3 西ローマ帝国の滅亡1 アッティラが死んでフン族は四散するが、異民族の脅威は続く

 念のために記しておきますと、イルディコはアッティラ死後も罰されることはありませんでした。毒殺だったとしても、当時の人々には分からなかったことになります。

 戦士たちは自らの顔を傷つけて死を悼みます。アッティラの遺体は金と銀と鉄からなる3重の棺に収められ、川底に埋葬されました。

 アッティラの死後、フン族についてのまとまった記録は急速に見られなくなっていきます。強力な王の死とともにフン族は再び分裂、やがて姿を消していったのです。フン族がヨーロッパに残したのは、破壊の爪痕と、鐙くらいのものでした。

 フン族の圧迫に苦しむのと並行してブリテン島失陥が重なります。コンスタンティヌス3世が挙兵して大陸へ全軍を引き連れて渡った後、ブリテン島に正規軍は配備されませんでした。

 そこへ北ドイツおよびオランダからサクソン人が、デンマーク半島南(アンゲルンと呼ばれる土地が今でもあるそうです)からアングル人が、更にユトランド半島からジュート人が、次々と大陸から押し寄せます。ここにフリジア人を加え、後に「アングロ・サクソン」と呼ばれる存在へと変化していきます。

 皮肉なことに、最初に異民族が大陸からイギリスへと渡ったのは、ローマからの招きに応じてのことでした。正規軍が去った後、ローマは大陸の異民族を傭兵として雇ってイギリスの異民族との戦いに充てていたのです。

これらの最初の小さな集団は互いに合体してより大きな部隊となり、ブリテンへの定住を始めた。そして自らの故郷へ、たやすく手に入る土地についての情報を送った。こうして大規模な侵略が始まったのだ。サクソン/ヴァイキング/ノルマン―ブリテンへの来寇者たち

 こうして440〜460年頃、ブリテン島は大規模な侵略を受けたのです。異民族は定員40人ほどの、帆のない手漕ぎボートを使って次から次へと押し寄せました。

サクソン/ヴァイキング/ノルマン―ブリテンへの来寇者たち (オスプレイ・メンアットアームズ・シリーズ) -
サクソン/ヴァイキング/ノルマン―ブリテンへの来寇者たち (オスプレイ・メンアットアームズ・シリーズ) -


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ラベル:ローマ
posted by 仲井 智史 at 12:00| Comment(0) | ローマ3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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