2017年12月06日

ローマ3 フン族12 アッティラは若くて美人の新妻を娶るが、新婚初夜に急死する

 452年、ローマ教皇レオ1世はローマ政府の高官2名を引き連れ、フン族の野営地を訪れてアッティラと会談を持ちます。その後、アッティラはローマに向かわずに北へ去りました。キリスト教徒に残る伝説によりますと、会談の最中、アッティラは教皇の背後に聖ペトロと聖パウロが剣を持って立っている幻影を見たとされます。本当に神がローマを守っているなら、先に見た410年のローマ劫略は無かったように思うのですが。より現実的な撤退の理由として、前年、イタリアは深刻な不作に見舞われていたため、軍を進めれば食糧難に陥ることが必至だったことがあるそうです。

 北イタリアは荒廃しました。

 フン族が都市を破壊し尽くしたため、周辺でも何も得られなくなった上、放置された死体のために水は汚染され、疫病が流行したのです。アッティラが「神による災い」と呼ばれたというのも分かりますね。

 死と破壊と荒涼を残してフン族はタイス河畔へ去りました。奴隷とされていた者たちが徐々に戻ってくきます。当時は連絡手段などありませんでしたから、彼らは死んだものと思われていました。そのため、夫の不在の間に再婚していた女性もいました。教皇レオは前の夫が妻を取り戻せると定めています。あちこちで様々な悲喜劇があったことでしょう。

 453年、アッティラは本拠地に戻り、ゴート族からイルディコという絶世の美女を妻に迎えます。ヒルディコとはゲルマン系のではありますが、当時のありふれた名前で、本名かどうか怪しいとも言われます。アッティラは50歳手前くらいの歳だったので、かなりの年の差婚だったことでしょう。

 しかし、新婦は幸福な(あるいは不幸な)結婚生活を送ることはありませんでした。婚礼の乱痴気騒ぎが収まって夜の帳が下り、新婚夫婦は2人の夜を過ごします。次の日、いつまで経っても起きてこない主君を迎えに入った護衛が見たものは、血まみれで冷たくなった新郎の姿でした。大量の鼻血を出していたことから、鼻血で窒息死したとも言われるのですが、脳卒中のような他の病気が死因であり鼻血は死因による影響で出たもの、或いはタイミングから考えて毒殺だったせいでしょう。


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ラベル:フン族 ローマ
posted by 仲井 智史 at 12:00| Comment(0) | ローマ3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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