2017年11月15日

ローマ3 将軍スティリコ2 ゴート族出身のエウトロピウスが失脚、コンスタンティノープル退去時に市民の襲撃を受ける

 399年、このエウトロピウスが突如失脚します。ゴート族出身の将軍ガイナスが小アジアにおけるゴート族の反乱を利用し、エウトロピウスを嫌っていた元老院を焚き付けたのです。代わってガイナスが権力を握ります。しかし、戦場の指揮には慣れていても政治的な立ち回りは下手だったためか、間もなく失脚してしまいます。

 ガイナスは仲間と共にコンスタンティノープルを去ろうします。ところが、その際に市民がガイナス一派を襲い、多くの兵士が殺害される事件が起こります。

 過去のローマでは指導者層であっても民族の出自は問題とならず、市民権さえ保有していればどのような地位につくこともできました。肌の色がどうであろうと、宗教がどうであろうと気にしなかったのです。だからこそ大帝国を築き上げることが可能でした。ところが、この頃にはローマ人とゲルマン人を区分けする動きが出てきたようなのです。

 既に見てきた通り、アフリカやシリアといった、イタリア以外を出身地に持つ皇帝もいたのです。皇帝たちは有能でさえあれば異民族出身者であっても高位高官に抜擢しました。しかし、この新興の有力者たちは成り上がりの存在に過ぎません。かつての元老院議員のようにローマ政界に確たる地位を得ていたわけではなかったため、自分たちを庇護してくれる皇帝が死んだり意見を変えれば、たちまち地位は不安定となりました。こうした背景の中で、異邦人の存在は疎ましいものへと変わっていったのです。

 現代社会でも見られますね。××民族至上主義、というものが。

 偏狭で独善的なローマ人至上主義は、キリスト教化と並行して進んでいます。宗教の持つ非寛容性もあるでしょう。特に、教派争いで宗派が違えば激しく敵対してきたキリスト教徒のことですから、異教徒であったり異なる宗派の異民族相手に寛容に振る舞ったとはとても考えられないでしょう。ギボンがローマ衰退の原因をキリスト教に負わせていることは、その不寛容さを考えれば、私には不自然に感じられません。なんとなれば、ローマは自由で他民族にも開かれた国だからこそ、地中海世界を支配する大帝国になれたのですから。



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ラベル:ローマ
posted by 仲井 智史 at 12:00| Comment(0) | ローマ3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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