2017年10月05日

ローマ3 ディオクレティアヌス6 テトラルキアの4人の皇帝の序列と防衛担当地域

 財政的な苦しさはあっても、防衛はきちんと行わなければ社会の安寧が脅かされます。そこで、辺境の軍を約2倍の60万に増員することで防衛上の問題は解決されました。

 さて、テトラルキア制定の際の正帝・副帝はこうなります。

   正帝 副帝
西方 ディオクレティアヌス  ガレリウス
東方 マクシミアヌス     コンスタンティウス

 全員が30〜40代の働き盛りの男たちでした。

 ディオクレティアヌスの娘ウァレリアがガレリウスに、マクシミアヌスの義理の娘テオドラがコンスタンティウスに嫁ぐことで、それぞれの正帝と副帝は婚姻関係で結ばれていました。正帝が副帝を後継者に据えようとしていることが明らかな人事です。

 彼らはそれぞれ防衛に責任を持つ地域を与えられます。そして、防衛戦の指揮を取りやすいよう、担当地域の都市に常駐するようになります。即ち、東方正帝ディオクレティアヌスは小アジアのニコメディアに、東方副帝ガレリウスはパンノニアのシルミウムに、製法正帝マクシミアヌスは北イタリアのミラノに、西方副帝コンスタンティウスはガリアのトリアーに滞在するようになりました。

 一方で元老院はローマに残ったままでしたから、必然的に元老院の権威が低下することに繋がります。従来は、元老院こそが指導者に相応しい人々の集まるところでした。社会的地位の高い家に生まれてしっかり教育を受け、軍の生活で鍛え上げられ、言論を磨きました。出世するためにはそれなりの地位をこなさなければならず、その中で経験を積んで力をつけていきました。優れた人材がプールされていた元老院は、軍から切り離され、また最高権力者とも距離的に隔絶することで、完全に力を失うことになります。

 これに関してはディオクレティアヌスの施策はローマを弱める方向に働いたように思います。

 さて、テトラルキアの4人の権力者らは防衛の責任者であり、帝国全体の運営についてはディオクレティアヌスが力を握り、彼が決めたことを他の者が追認する形でした。

 序列としては、ディオクレティアヌス>マクシミアヌス>ガレリウス=コンスタンティウスとなります。


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posted by 仲井 智史 at 12:00| Comment(0) | ローマ3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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