2017年07月13日

キリスト教の成立 聖典の決定 反対派を異端と決めて焼き捨てることで、正統派は結束を強めていく

 個人としては立派な、異教徒に対しても博愛を示した信仰者もまた多数いたわけですけれども、集団というものは宗教に限らずこうしたものだと思っておくのはあながち間違いではないのでしょう。

 気が滅入る話はこのあたりにして、キリスト教が国境としての地位を確立しつつあるあった時期に話を戻します。

 この頃には聖書もまた今に見る27の文書からなるもので固まります。ヨハネの黙示録などは聖典に含まれるとするべきか随分と揉めたようですが、民衆の人気の前に追加せざるを得なかったようです。と言っても、何を聖典としてなにを外すかは多分に政治的なものです。福音書が4つなのは、エイレナイオスが世界は東西南北からなり、風は四方から吹くからだと分かったような分からないようなことを主張したからです。私にとってははっきり妄言に属する分野ですけど、お陰でトマスによる福音書のようなものは排除されてしまいました。エイレナイオスがユダによる福音書を激しく攻撃したことを思い出しましょう。彼らにとって、聖典が何かを決めることは、受け入れがたい意見を排除する絶好の機会でした。

 このようにして、異端を斬り捨て、イエスの教えとも乖離したキリスト教が成立していきます。

 イエスは弟子になりたいと言う者に対して、家族に別れを告げたいという者にはそれは相応しくない行動だと、父を葬ってからという者には死者は死者に葬らせろと絶対の服従を求める指導者で、剣をもたらしに来た者だと告げるラディカルな活動家で、終末論に傾倒する思想家でした。

 一方で、終末論を説く宗教の中でイエスの行動は際立っていると思います。人民寺院のジム・ジョーンズは信者を道連れに死ぬことを選びました。オウム真理教は日本を転覆させるテロ計画に着手し、自滅しました。しかし、イエスはどうでしょう?彼は、自分が犠牲になるかも知れない(本人は死の直前に救われると信じていたとしても)方法を選んだのです。そして、社会から迫害される者にも等しく神の愛を説きました。それ故にこそイエスは新宗教の開祖ということにされ、彼を救い主(キリスト)と信じる宗教ができ、信者を集めたのでしょう。

 イエスの教えは社会情勢の変化や弟子の個人的特性によって大きく変わりましたが、それもまた歴史の面白さなのだと思います。



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posted by 仲井 智史 at 12:00| Comment(0) | TrackBack(0) | キリスト教の成立 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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