2017年06月18日

キリスト教の成立 崩壊への序曲1 ユダヤの文化を軽蔑する属州総督が続き、エルサレムで暴動が発生する

 ユダヤ総督の地位をフェストゥスから引き継いだアルビヌスもまた評判の悪い人物でした。エルサレム在任の2年間は、ただ地位を利用して私服を肥やしただけに終わります。次のゲッシウス・フロルスは更に酷いというので、もう救いようがありません。

 64年、遂に暴動が起こります。きっかけは、未納付の税金があるとフロルスが一方的に宣言し、神殿に乗り込んで献納金17タレントを強奪したことです。ユダヤ人はローマ帝国中に広まっていましたが、彼らは皆、年に2ドラクマの貢献金を払っていました。1タレントは6000ドラクマですから、17タレントは51,000人分の貢献金ということになります。

 暴動に対してフロルスは軍を動員し、住民を無差別に殺戮します。女子供も容赦されることはありませんでした。

 ローマでも信望を集めているユダヤ王家の一員であるアグリッパ2世は、エルサレムに向かうと全ローマを敵に回すのは無謀だと諌めるのですが、人々は耳を貸しません。アグリッパ2世は追い返され、反乱は続きます。

 反乱なのか暴動なのか、ともあれ暴徒を鎮圧するためにローマの軍団が派遣されるのですが、不意を突かれたローマ軍は大敗します。この際、ユダヤ人たちは恨み重なるローマ軍に対し、降伏した兵士まで皆殺しとしてしまいました。これはさすがにローマが黙っていられるわけはありません。大国ローマは全力でユダヤを叩き潰すことを決意するのです。これがユダヤ戦争の開始となったのです。

 一方のユダヤでは仲間割れが進んでいました。シカリ党員の1人メナヘムがユダヤの王を宣言したのですが、神殿警護隊が彼を捕えると拷問の末に殺害してしまいます。シカリ党員はマサダ要塞に逃げ込みました。エルサレムではローマとの和平を唱える(主に裕福な層からなる)人々もいたのですが、神の加護で勝利を得ると信じる熱狂的なグループが優勢でした。過激派にとっては穏健派などは獅子身中の虫に等しい存在です。かくして穏健派をテロが襲うことになりました。

 穏健派ユダヤ人はエルサレムから逃げ出します。この時、エルサレム教団の人々もまたエルサレムを離れたようです。


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posted by 仲井 智史 at 12:00| Comment(0) | TrackBack(0) | キリスト教の成立 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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