2017年06月15日

キリスト教の成立 イエスの墓3 ”師として知られたマリアムネ” ハグ・ナマディ写本にあるイエスの使徒としてのマリアか?

(略)新約聖書よりも古いと思われる「トマスの福音書」バージョンを読むと、もっと直接的でリアルな話だった可能性が浮かび上がってくる。つまり、イエスの「相続人」である息子を待ち受ける運命を示唆している可能性だ。私の息子であることを知られたら殺される、これを肝に銘じておけ。そういうメッセージである。しかも、この話を書きとめたのは、ディディモ・ユダ・トマス、「双子のユダ」なのである。


 ユダと言う名前はありふれたものでしたから、話を書き留めたユダがイエスの息子ユダであると断言はできないでしょう。

 ただ、ローマが反逆者とその子孫をどのように扱うかは、イエス教団にとっても脅威だったのは事実でしょう。後のドミティアヌスの時代、ダビデの子孫は皆殺せとの命令があったためイエスの弟ユダの息子(又は孫)2人が捕らえられ、尋問を受けています。彼らはダビデの血を引くことは認めましたが、平凡な農夫に過ぎないから弁明し、釈放されたそうです。意外と軽い命令であることに驚きます。

 それよりも興味深いのは、マリアムネに冠せられた、「マラとして知られた」の部分です。マラとは師の意味で、コリント人への手紙ではイエスに対しても使われている言葉です。『マリアによる福音書』で、マリアが特別な立場にあったこと、その権威はペトロにも優ると描かれていることは既に書きましたね。そして、イエスはしばしばマリアに口づけをしたために他の弟子から嫉妬されたこともありました。この墓がもし真性の、あのナザレのイエスのものなのであれば、聖典とされる福音書よりもグノーシス派の影響を色濃く受けたナグ・ハマディ写本のほうが実在のイエスおよびイエス死後のユダヤ人キリスト教集団の姿を正しく伝えていることを意味することになります。

 面白い話はまだまだ続きます。

 師として知られたマリアムネと、ヨセフの息子イエスの骨箱には僅かながら有機物が残されていました。2000年間、DNAを残すという目的にとっては劣悪な環境下に置かれていたため、核DNAは得られなかった(なので、その持ち主のクローンを得ることはできない)のですが、残渣からミトコンドリアDNAを採取することには成功しました。




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posted by 仲井 智史 at 12:00| Comment(0) | TrackBack(0) | キリスト教の成立 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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