2017年06月07日

キリスト教の成立 エルサレム情勢2 騒ぎの中でパウロは逮捕され、市民特権を活用してローマへ移される

 しかし、彼もユダヤ人を侮蔑していました。彼は混乱を収拾するどころか、集団間の対立を煽って事態を悪化させます。もっとも、複数の民族を支配下に置く時には、両者が同盟して歯向かってくることを防ぐために意図的に対立を煽るのは常套手段ではありますから、ローマにとっては計算通りだったのかもしれません。中国でも、夷を以て夷を制すという言葉でこれを表現しています。

 不穏な雰囲気が続くエルサレムで過激派が成長していきます。神の敵と見做した相手を暗殺してまわるシカリ党(短剣を持った人々の意味の「シカリイ」から取った名前です)です。彼らはイエス同様に終末思想の持ち主でした。そして、イエスとは違って暴力による実力行使で社会を大きく変えようとしていました。

 過ぎ越しの祭りの最中、ローマの協力者と見做された大祭司ヨナタンが刺殺されるという事件が起こります。犯人はシカリ党の暗殺者でした。これを機にユダヤの地は不穏な雰囲気になり、衝突が多発するようになります。

 パウロが長年に渡って行った巡礼に区切りをつけてエルサレムに戻ったのは紀元57年のことです。彼のその後の運命は、エルサレムの不穏な状況下を知らなければ理解に苦しむでしょう。

 ヤコブはパウロに対して清めの儀式を受けることを求めます。しかし、7日間に渡る儀式が終わる前に小アジアからの巡礼者がパウロを見て騒ぎ出します。彼らユダヤ人にしてみれば、律法を守らなくても良いとするパウロは異端に見えたためです。実際、パウロは巡礼の過程でユダヤ人からムチで打たれ、投石されています。

 いかなる騒擾にも目を光らせていたローマ当局は直ちにパウロを逮捕します。使徒言行録では2年に及ぶ逮捕勾留期間中もあらゆる人々にイエスの教えを説いたとしているのですが、騒擾を起こした咎で尋問中の身であることを考えると、事実ではないでしょう。

 パウロの勾留期間にフェリクスが前任者同様に更迭されるのですが、後任のポルキウス・フェストゥスは無能で混乱を抑えられません。


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posted by 仲井 智史 at 12:00| Comment(0) | TrackBack(0) | キリスト教の成立 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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