2017年04月20日

キリスト教の成立 イエスの青年時代2 洗礼者ヨハネから洗礼を受け、その教えを受け入れたイエス

 独身を貫いたとすれば、それはエッセネ派の影響だった可能性があります。エッセネ派は当時のユダヤ教内で唯一非婚を説いたからです。

 イエスの父は大工とされていますので、ノミやカナヅチを振るうヤコブとイエスの姿がまぶたに浮かびますが、実際には石工で、小さな村にすぎないナザレでは定期的な収入を得られるような職業ではなく、日雇いのしごとを転々とせざるを得なかったでしょう。当時の石工は下層階級でです。識字率が僅か3%程度の時代と社会から判断すると、ヨセフもイエスも文字は読めなかったと考えられます。

 次に間違いないと言えるのは、イエスが洗礼者ヨハネから洗礼を受けていることです。紀元後28年頃のことです。これは4つの福音書全てに書かれています。この洗礼者ヨハネは、イエスの死後60年も経ってから書かれたマタイによる福音書によりますと、「らくだの皮衣を着、腰に革の帯をしめ、いなごと野蜜を食べ物」という質素倹約を率先垂範する人物でした。そうそう、戒律にうるさいユダヤ教でもイナゴは食べて良いのでしたね。イナゴはエビの味と言いますから、そう悪くない食べ物だと思います。

 イナゴは置いておくとして洗礼者ヨハネについての描写を見てみましょう。粗衣粗食に甘んじ、修行に励む。少し前に見ましたね。彼はエッセネの影響を強く受けた人物なのではないでしょうか。『イエスと死海文書 - 』では、エッセネ派もイエスも敬虔で保守的、反異邦人的特徴を共有することを紹介した後、24の類似点をあげています。その中には、ユダヤ教の派閥の中でエッセネ派だけが離婚を認めず、イエスもまた同じであったことや、「光の子」というエッセネ派の述語をイエスが用いていること、ユダヤ教ではほとんど使われることのない「聖霊」の多用が挙げられています。相違点は、イエスが愛を説いたのにエッセネ派は敵を憎むことを説いたことでしょうか。売春婦や病に冒された人々(ハンセン病?)の人々とも親しく交わるのはイエスには見られても、エッセネ派ではありえません。影響は受けても、その完全なメンバーではなかったということですね。

イエスと死海文書 -
イエスと死海文書 -


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posted by 仲井 智史 at 12:00| Comment(0) | TrackBack(0) | キリスト教の成立 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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