2017年04月03日

ローマ2 ドミティアヌス6 元老院へも親族へも厳格な規則を適用するドミティアヌスへの反感

 属州総督や軍司令官は元老院議員から選ばれます。従って、属州総督の不正を攻撃することは、元老院との関係が悪化することを意味していました。ドミティアヌスは元々猜疑心の強い性格でしたが、サトゥルニヌスの反乱後は拍車がかかります。こうしてドミティアヌスは元老院への攻撃を開始します。ローマでは裁判で告訴するのは公人ではなく私人でした(日本では、例え犯罪被害者であったとしても、刑事裁判を直接起こすことは不可能で、検察が動かなければ裁判になりません)。この告訴人たちを使いこなし、反乱を焚き付けたと見られる元老院議員を告訴させたのです。こうして反乱に関与したと見られる元老院議員が処刑されました。

 そして、「皇帝は実際に暗殺されなければ暗殺の陰謀があったと信じてもらえない」と嘯きました。それ故に、元老院には反ドミティアヌス派が多数居たのです。

 更に、親族に対してもドミティアヌスの厳しい視線は注がれていました。

 ドミティアヌスの息子は夭折しており、彼は自らの後継者に姉の孫2人を充てることとします。2人の後継者候補をウェスパシアヌス、ドミティアヌスと改名させ、自分亡き後の道筋を付けます。

 ところが、彼らの両親がローマの伝統から外れるオリエントの一神教に帰依してしまったことでドミティアヌスの思惑は大きく外れていくことになります。この一神教がキリスト教かどうかは不明とのことですが、皇帝の一族が異端と見られていた宗教にのめり込んでしまっては支持を得られません。95年、夫婦は裁判にかけられ、夫は処刑、妻は流刑と決まります。

 親族から恐怖政治の犠牲者としか思われないような死者が出たことで、ドミティアヌスは親族から敵視される存在となってしまいます。

 おまけに、ドミティアヌスは妻との間にも問題を抱えていました。


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posted by 仲井 智史 at 12:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ローマ2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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