2017年03月21日

ローマ2 ポンペイ1 火砕流がヘルクラネウムを、ついでポンペイを飲み尽くす

 偉大なる博物学者の死を惜しむ気持ちはここまでとして、噴火で滅んだ町の話に移りましょう。

 ヴェスヴィオ山の大噴火は、噴石や噴煙を大量に撒き散らすだけではなく、火山ガスの含有量が多い、火砕サージと呼ばれる、火砕流よりも更に密度の低い噴出物を堆積させます。密度が低いということは、自分の重さを支えることが困難であるということです。噴出物の塊が崩壊すると、ガスの影響で摩擦の影響をほとんど受けることのない噴出物が高速で山の斜面を駆け下ります。

 数度に渡って発生した火砕サージの、恐らく第一波がヘルクラネウムの町全域を飲み込みます。400℃を超える火砕サージは町を埋め尽くし、その他の噴出物の降下も相俟って、ヘルクラネウムを地下20mの深さに埋葬してしまいました。

 ポンペイの町にも降下物が雨あられと降り注ぎます。多くの死者が出ました。

 ただ、まだカタストロフまで、ある程度は時間が残されていました。恐らくは、少なからぬ人間がこの間にポンペイから逃れたはずです。

 翌日6:30頃、ポンペイもまた火砕サージまたは火砕流に襲われます。時速100kmを越える流れですから、逃れることができるものはありませんでした。しかも、この頃には大量の降下物によってドアが開けられない状態となっており、誰も家や避難所から出られない状態でした。火砕サージはこのポンペイを飲み込んだのです。

 あるいは、この時の火砕サージが、大プリニウスの命を奪うことになる二酸化硫黄(ガス中毒の場合)や噴出物(窒息死の場合)を海岸付近まで運んだのかもしれません。

 ティトゥスはカンパニア地方の復興を命じます。しかし、厚い火砕流に埋もれたポンペイやヘルクラネウムの遺構の上に新たな都市が造られることはありませんでした。ポンペイの跡地は、かつて都市があったことは知られていましたが、その記憶も薄れていったため再発見は近代を待たなければなりません。


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posted by 仲井 智史 at 12:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ローマ2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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