2017年03月14日

ローマ2 ウェスパシアヌス6 ジョークも口にした、バランスの取れた皇帝ウェスパシアヌスの死

 もっとも、寛大なだけではなく、真っ向から逆らったヘルウィディウスという人物はウェスパシアヌスを皇帝と呼ばずに軽視し続けたために追放の後に殺害されています。ヘルウィディウスの岳父のトラセアはネロに対しても従うようなことはせず、不興を買って殺された人物です。ヘルウィディウスも反骨精神を引き継いだのでしょうか。

 ヘルウィディウスの追放と時を同じくして、ローマから哲学者が一掃されています。実務家ウェスパシアヌスは口舌の徒を嫌ったのでしょうか。焚書坑儒に近い感じを受けます。

 更に余談ですが、ウェスパシアヌス、ティトゥスの後を継いだドミティアヌスは、ヘルウィディウスの息子が皇帝の離婚を皮肉る劇を作ったことで、息子を死刑に、本は焼き捨てています。

 妻は既に亡くしていたのですが、新たに后を迎えることはありませんでした。愛人はもったものの、ネロとは違って政治に口出しさせるようなことはしませんでした。

 バランスの取れた人物で、ローマを再び安定化させたのは彼の功績でしょう。

 79年、ウェスパシアヌスは病を得て身罷ります。最期を悟って「かわいそうな俺、どうやら神になりそうだ」(ローマ皇帝は慣習として死後に神とされたためです)と語っていた彼は、まさに死の直前、「皇帝は立って死ぬものだ」い言って立ち上がろうとして、そのまま死にました。ジョークを愛する面も持つ皇帝の、潔い最期でした。

 まあ、立って死んだ皇帝ってカリグラ(立っているところを刺殺された)とウィテリウス(処刑された)くらいなのではないかなあとか、その2名は両方ともどうしようもない皇帝だったのに見習っていいのかなあ、などというツッコミは、ウェスパシアヌスの茶目っ気に応じて黙っていることにしましょう。

 予定通り、ウェスパシアヌスの長男で、ユダヤ戦役でエルサレムを陥落させる功を挙げたティトゥスが即位します。

 実は彼の名前はユダヤ戦役より前に出てきています。ネロが自分の帝位を確固たるものにするため、弟のブリタンニクスを毒殺したことは既に書きましたね。その時、食卓を共に囲んでいたティトゥスも毒にあたり、長く病に臥せっています。


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posted by 仲井 智史 at 12:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ローマ2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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