2016年12月31日

ローマ2 庶民の暮らし2 高層階ほど貧乏人が共同生活 窓はあっても不透明

 借りる方は高額の家賃を払うために又貸しが横行しました。格好良く言えばルームシェアですが、雑居状態というのが正しいイメージです。高層階ほど雑居が進み、間仕切りだけで別家族が暮らすこともありました。ドアは粗悪な板だけだったと言いますから、防犯も防音も今とは比べ物になりません。

 面白いことに、屋内ではサンダルを使い、街中で履いていた靴は使いませんでした。家の中でも靴を履き続ける風習はローマ以降に成立したのですね。他人を訪問する際はサンダル持参でした。因みに、兵士の靴は耐久性を高めるために、靴底に鉄の鋲をビッシリ植え込んでいました。ローマ時代を扱う映画を見る際には気にして欲しいところです。

 窓は無いことが多く、あっても滑石や雲母で稀にはガラスも使われましたが、透明なものはありませんでした。1,100度以上に加熱することができなかったため、気泡を排除できなかったためです。

 尚、ガラスは釉薬としては前4000年頃に使用が開始されています。粉末状のものを水で溶いて芯材に施し、そのまま焼成したものでした。芯材が金属の場合は琺瑯と呼ばれます。ガラス単体からなる品物は前2500年頃にメソポタミアとエジプトから出土しています。第18王朝の頃には既に金属酸化物を用いた着色が行われていました。酸化第二銅(CuO)の青、透明な茶(第二鉄Fe2O3)、緑(FeO)、紫(MnO2)、不透明な赤(酸化スズSnO2)、不透明黄色(アンチモン化合 物Sb4O6)等が知られています。

 使用開始当初は希少品で、前1500年ごろから増加してきます。宝石の模造品としても珍重されました。ツタンカーメンの墓にもガラスの象嵌が多く用いられています。

 メソポタミアやエジプトでは宝石や印章を造るために石切技術が発達していました。彼らはガラスが冷えて固まってからも加工を行う技術を持っていたのです。型を用いる成形や、芯に糸を用いて固まった後に糸を引き抜く芯巻法も用いられました。ただ、ガラス吹きは更に後の時代で、紀元前には行われた証拠がありません。ただ、アウグストゥスの時代には既にガラス吹き技術は生まれており、50年頃にはローマで多く用いられていたそうです。アレクサンドリアが一大産地として知られました。


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posted by 仲井 智史 at 12:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ローマ2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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