2016年05月22日

ローマ 共和制の成立4 法律を作った当事者が法律を縦横に使って圧政を敷く皮肉

 11番目の法はすぐに廃止されています。その理由は明らかですね。また、富裕層からなる10人委員会が富裕層を守ろうとしていたことが分かります。また、8条の「和解が成立しないなら報復を受ける」という条文からは、裁判を国家が主導するのではなく、現代日本で言う刑事訴訟も民事訴訟のようにして解決されていたことが見て取れます。

 現代と異なる大きなところは、家族の中で父親だけが法的に権利を持つことです。子供の生殺与奪すら父親が握っていました。父が育てないと決めた子は、死ぬか売られるかしかありませんでした。妻の結婚持参金すら夫の管轄下に置かれました。ただ、妻の持参金は離婚する際には返さなければなりませんでしたから、離婚は少なかったそうです。その代わりに、男は浮気していたわけです。一方で女性の浮気は厳しく罰されましたから不平等なものでした。

 10人委員会は権力を独占します。しかし、彼らは法の下の平等といった近代的な概念を決して持ちませんでしたし、権力を私しないだけの高潔な人物たちでもありませんでした。彼らは仲間内には有利になるよう裁定を下し、控訴は認めませんでした。これでは法律を背景にした独裁制と代わりがありません。彼らは任期が切れても引退を拒否したり、後継者に譲ったりし、権力を手放すことをしませんでした。

 彼らはあっという間に人望を失っていきます。サビニ人とアエクウィー人に攻められた際に民衆は彼らの指導の下に戦うことを拒否しているほどです。当然ですね。

 アッピウスがどうしてこれほど人望が無かったのかは、破滅の模様を見れば明らかでしょう。彼は100人隊長のウェルギニウスの娘ウェルギニアに恋慕します。しかし、彼女には既に婚約者がいました。一計を案じたアッピウスは、ウェルギニアは自分の家の奴隷の生まれだが、連れ去られたのだと主張します。奴隷の子は主人の所有物ですから、これが正しければあっピウスはウェルギニアを好きにできる、というわけです。誰もがおかしいと思う裁判でしたが、アッピウスの部下はアッピウスの主張を認める裁定を下しました。ウェルギニウスは娘の貞節を守るため、自らの手でウェルギニアを殺害しました。



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ラベル:成文法
posted by 仲井 智史 at 12:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ローマ1 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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