2016年04月05日

ヘレニズム期 ローマに飲み込まれてヘレニズム諸国は命脈を絶たれる

 エルサレムでは貨幣を発行し、要塞を建設したりローマとの外交交渉を行う等、独立国として振る舞うようになります。こうしてエルサレムにはハスモン朝と呼ばれる政権が成立しました。ハスモン朝は前37年にヘロデ朝に代わるまで、エルサレムを支配することになります。そして、このヘロデの時代にナザレという寒村にイエスという人物が生まれてユダヤ教を改革しようとし、反逆罪で処刑される(十字架刑は反逆罪にしか適用されない刑罰でした)ことになるわけですが、それはまた改めて述べることにしましょう。

 さて、セレウコス朝シリアはパルティアの攻撃を受けてセレウキアまで失陥します。かつてアレクサンドロス3世の帝国のかなりの部分を引き継いだ栄光の歴史も翳ります。細々と王朝の命脈を保ったセレウコス朝シリアは最終的にローマの属州となり、姿を消していきました。

 領土の広さが仇ともなったように見えるセレウコス朝シリアの滅亡でした。

 残ったプトレマイオス朝エジプトについては、プトレマイオス朝末期のゴタゴタについてはローマのところで少々詳しく書くことにしますが、ある程度古代エジプトの項で見ていますので改めて書くのは避けましょう。

 ただ、知の歴史を追いかけるという点からしますと、プトレマイオス朝エジプトでは特筆すべきことがあります。それこそ、アレクサンドリアに造られたとされる図書館です。

 アレクサンドリアの図書館は、史上初の図書館ではありません。このブログでも見た通り、メソポタミアでは粘土板に刻まれた数万点の作品が収められた図書館がありました。

 史上初の栄光こそ冠するわけには行きませんが、それでもアレクサンドリアの図書館は特筆すべきものです。

 まず、70万巻とも言われる書物があったとされる点です。これは過去の図書館から見れば桁違いです。当時、印刷技術は存在せず、本は全て手書きによって書き写されていたことを考えますと、この数はとてつもないものに見えます。

 もう1つの驚嘆すべき点は、そこで行われた研究の成果です。これが実に興味深いものですので、項を改めて少々詳しく見てみることにします。


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posted by 仲井 智史 at 12:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ヘレニズム期 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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