2016年04月03日

ヘレニズム期 セレウコス朝シリア6 マグネシアの戦いの敗北がセレウコス朝に重くのしかかる

 さて、セレウコス朝シリアを追い詰めることになるのは、マグネシアの戦いの敗戦処理です。ローマは和約の条件として軍備縮小と莫大な賠償金を課します。

 先に述べたパルティアは、アンティオコス3世に敗れて服属していたのですが、ローマの勝利を見るとセレウコス朝シリアから離反、東方の領土もまた失われていきます。

 前188年、失意のうちにアンティオコス3世は死去し、セレウコス4世が国を背負って立つことになります。セレウコス4世は国力の大幅な減衰に苦しみ、周辺国とは争わないように務めます。

 セレウコス4世は経済的な苦境を打破すべく、エルサレムの神殿から財宝を略奪しようとして財務長官のヘリオドロスを派遣しますが、この人選は失敗でした。王位を狙っていたヘリオドロスはセレウコス4世を暗殺してしまったのです。

 神殿から略奪しようというのもどうかと思いますが、宗教施設が莫大な財宝を抱えているのもどうかと思ってしまいます。

 セレウコス4世の弟、アンティオコス4世はローマへ人質に出されていましたが、セレウコス4世の嫡子で後のデメトリオス1世と交換で帰国します。アンティオコス4世はヘリオドロスを破ると、セレウコス4世の子のアンティオコス王子の摂政となり、数年後には王子を殺して王となりました。

 アンティオコス4世は国力を回復させるべく、プトレマイオス朝エジプトと戦い、勝利を得ます。

 勝利の勢いのままにエジプトへ攻め込んだアンティオコス4世の元に、後方で反乱が起こったとの報せが届きます。反乱の舞台となったのは、エルサレム。

 エルサレムでは、神殿の大祭司の地位を巡って激しい闘いが繰り広げられていました。神に仕える身でも権力は欲しいのです。そういえば、宗教を否定した共産党でも激しい権力闘争が繰り広げられていました。人間の悲しい性なのかも知れません。

 争う人々は互いにセレウコス朝シリアの王へ多額の賄賂を送ったり、相手を誹謗したりと、宗教者として実に素晴らしい行動を繰り広げます。

 イアソンという人物がアンティオコス4世時代に大祭司となります。しかし、メネラオスという人物がイアソンよりも多額の資金をアンティオコス4世に渡したことから、イアソンは大祭司職を奪われてしまいます。イアソンは、エジプト遠征中のアンティオコス4世が死亡したという噂が流れると、ライバルを葬る好機とばかりに挙兵します。一時期はエルサレム占領を果たしたイアソンでしたが、最終的には敗れ、死亡します。



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posted by 仲井 智史 at 12:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ヘレニズム期 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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