2016年03月31日

ヘレニズム期 セレウコス朝シリア3 独立したペルガモンやパルティア

 書写材料が無くなってしまったペルガモンでパピルスに代わる羊皮紙が広く用いられるようになり、それが羊皮紙を示すparchmentの語源になった、とも言われます。ただ、ペルガモンが滅ぶ前にペルガモンを羊皮紙という意味で使った用法は無いらしいので、当時の人々はまた別の言い方をしていたそうですが。

 しかし、小アジアで最も強大となったペルガモンに、ロードス島やガラテア、マケドニアは反感を募らせます。前133年、アッタロス朝の最後の王アッタロス3世はギリシア系都市を除く全領土をローマに遺贈してしまいました。ローマの介入に絶望ためとも言われます。

 アッタロス3世の異母弟アリストニコスはこの処置を不満として、前126年に反乱を起こしますが、鎮圧され、アッタロス朝の領土は属州アシアとなりました。

 この通り、セレウコス朝シリアから失われたペルガモンは遂にセレウコス朝シリアの支配下に戻ることはありませんでした。

 前250年ごろにはバクトリアでディオドトスが独立します。このバクトリアについては中国にも記録が残っています。前漢の黄金時代を築いた武帝は北方の匈奴と対抗すべく、遥か西方に張騫を派遣します。ユーラシアの広大な草原を東西に結ぶ大同盟で匈奴を挟撃しようとする意欲的な試みでした。張騫は匈奴の捕虜になって10年以上過ごしながらもその支配下を脱し、西方へ遣いして大月氏国に服属する大夏を訪れています。この大夏がバクトリアであるとされます。

 パルティア総督のアンドラゴラスはバクトリアの独立を見ると、同様にセレウコス朝シリアから離反、独立します。しかし、パルニ氏族を中心としたスキタイ系の遊牧民族がアルサケス1世とその弟ティリダテス1世に率いられてパルティアへ侵入、前247年にはアンドラゴラスを敗死させてバクトリアを支配します。アンドラゴラスは支配期間が僅か数年と短かったこともあり、どのような民族出身なのかは分かっていません。

 アルサケス朝パルティアもまた、中国の資料にアルサケスから音をとった安息として姿を表します。

 高校の化学では、有機化学のところで安息香や安息香酸から解熱鎮痛剤として有名なアセチルサリチル酸(商品名のアスピリンで知られています)の合成が扱われますね。この安息香は、安息で使われる香料と中国で使われるものが同じような匂いだったことから付けられた、とも言われるそうです(異説もあります)。

 ただ、安息香は東南アジアに生息するツツジ目のアンソクコウノキから採取されるとのことですから、パルティアで用いられていた香料はパルティア産の別の香料がたまたま同じような香りだったか、東南アジアから輸入されたものだったかなのでしょう。


面白いと思ったら押して下さると嬉しゅうございます^^

人気ブログランキングへ
ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
posted by 仲井 智史 at 12:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ヘレニズム期 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック
面白いと思ったら押して下さると嬉しゅうございます^^
人気ブログランキングへブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村