2016年03月25日

ヘレニズム期 ヘレニズム国家の特徴2 ギリシア系以外には辛い国

ただ、王位継承に関するゴタゴタは、王のように至尊の位を長期間独占するような体制では常に問題となるものですから、ヘレニズム期の諸国もまた、例に漏れなかったという話ですが。

ヘレニズム諸国にあっては、王がギリシア系だったのは当然として、彼らが頼っていたギリシア系の人々が要職は当然のこととして、下級官吏に至るまで役職を独占しました。おまけに公用語はギリシア語のみでしたから、占領地に住んでいた人々が出世することは極めて困難でした。ただ、前2世紀以来、傭兵が中心である軍隊には土着民も採用されていき、民族の融合が軍隊から進んでいきます。そういえば、後のローマ帝国も、支配地域の人々を帝国に取り込む際、軍隊から市民権を得るルートが有りました。命をかけての職業で、しかも実力がはっきりしやすい軍隊という性格が、被支配地の人々の出世ルートを切り開いたのでしょう。

軍について言えば、傭兵はディアドコイ戦争から延々と戦乱の時代が続いたため、どこの国でも重用されました。特に攻城技術は発達を見せ、軍事技術を担う工兵は優遇されました。工兵の重用は後のローマでも見ることになるでしょう。王の象徴である王冠は、当初は質素なものでした。貧しいマケドニアの風習を引きずっていたのでしょう。それがギリシアより遥かに豊かであったペルシアやエジプトの影響を受け、シリアとエジプトでは豪華なものに変わっていきます。豪奢に流れる君主に、一部の部下は不満を募らせたようです。元はといえば貧しかったから奢侈が出来なかっただけなのに、それが続くと伝統というものになってしまうのですね。

更に、プトレマイオス朝、セレウコス朝では王が神格化していきます。エジプトは元々、王が神の生ける化身であるとされていましたし、ギリシアの神をエジプト化させたセラピス神なるものの導入によりプトレマイオス朝は見事に神の立場を手に入れます。

興味深いのはセレウコス朝です。セレウコス朝はエジプトを除くペルシア帝国の故地ですが、アケメネス朝ペルシアでは王は神としては扱われていませんでした。跪拝礼は行われていましたが、それは神に対するものでは無く、あくまで人間である王に対してのものでした。ギリシアでは跪拝は神に対してのみ行うものでしたから、王の神格化はペルシアの風習ではなく、ギリシアの考えとペルシアの行動を混交したものに見えます。



面白いと思ったら押して下さると嬉しゅうございます^^

人気ブログランキングへ
ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
posted by 仲井 智史 at 12:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ヘレニズム期 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック
面白いと思ったら押して下さると嬉しゅうございます^^
人気ブログランキングへブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村