2016年01月07日

古代ギリシアの科学哲学 ギリシアで知が発展した理由2 

 ギリシア時代に用いられていたのはパピルスですが、これも曲者です。パピルス草を丁寧に並べ、圧搾したり陰干ししたりと丁寧に水を取り除く等、多くの工数がかかります。紙のように不織布で繊維を勝手に編ませるような大量生産の可能な方法ではありません。パピルスそのものが、まず高価だったのです。

 しかも、当時は印刷術もありません。従って、文書の複製は全て写本と呼ばれる手書きで行われていました。このやり方では、本が非常に高価なものになるのがお分かりでしょう。おまけに、作業者の注意力や語彙力によって、書き写される内容が変化してしまうのです!例えば長い単語が省略されてしまったり、複雑な言い回しが単純化されてしまったりします。あるいは、同じ意味の言葉に置き換えられた後に、時の流れとともに元の言葉と言い換えられた言葉の意味が変わってしまうこともあります。

 どんなに大枚をはたいたとしても、彼らが手にすることができたのは、正確性には難がありおまけに高価な写本しかありませんでした。とても個人で色々な本を所蔵し、読むというわけにはいきません。図書館に学ぶところが併設されたのも当然でしょう。

 働かなくて良い、しかしやることもない。こんな時、頭の良い人々が何をしていたかというと、哲学に興じていたわけです。ギリシア文明は観念的な思想を発展させたのは、こうした働かなくても良いという背景があったように思います。それと比べたら、古代の中国思想は実学に見えますね。確かに、名家と呼ばれる人々が「白馬は馬に非ず」(白は色について、馬はについて述べており、2つを結びつけた白馬は馬とは違うものを述べている、とする)などと息巻いていました。こうした考えを更に敷衍していけば、あるいはもっと観念的になったかもしれませんが、どちらかというと弁論術的なところがあります。

 面白いのは、荘子が紹介している、名家の恵施と論敵のやりとりに「飛ぶ鳥の影は動かない」という、ゼノンのパラドックス「飛ぶ矢は止まっている」に近いものがあることでしょう。結局は、これも突き詰めて考えられることはなかったので、相手をやり込める、議論のための議論に堕してしまったのは残念です。

 中国思想から話を戻しましょう。

 やることが無くなった天才たちがこぞって哲学に参入し、派閥を作って思索に明け暮れた結果、ギリシア文明は恐ろしいほどの水準にまで知識を広げたのです。

政治的には現在と比べて足りないように見える点が多々あるのは事実ですが、それでも特筆すべき時代だったことは認めて良さそうです。

 では、そろそろまた歴史に戻りましょう。ギリシアが斜陽の時代を迎えるかに見えたその時、北方に現れた一代の英雄が、地中海世界と西アジアを大きく変えることになる、激動の時代が待っています。


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posted by 仲井 智史 at 12:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古代ギリシアの科学哲学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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