2016年01月04日

古代ギリシアの科学哲学 アリストテレス4 理神論の走り? アリストテレスの不動の動者

 『アリストテレス』からの孫引きになりますが、彼は運動について「自然とは運動と静止の原因が付帯的にではなく直接的、本来的に内蔵しているようなのもにおいて、そのものが運動したり静止したりする原因になっている何物かのことにほかならない」としている通り、運動に注目していました。

 彼は神の存在を否定はしませんでしたが、従来の神話に見られるような人格神としての考え方は否定し、自分は動かないまま他の者を動かす「不動の動者」と考えたようです。後にキリスト教で語られるようになる理神論に近い感じがしますね。未だに人格神という考え方は世界に蔓延していることを考えますと、アリストテレスの思想の先鋭さに驚かされます。

 といっても、アリストテレスも理性一辺倒ではなく、検証することが不可能な世界に入り込んでしまう面もあります。例えば人間の霊魂は栄養を司る植物的霊魂、運動を司る動物的霊魂、思索を司る理性的霊魂の3つからなるとする人間三分説を唱えています。勿論、これは実際には探求不可能なことです。霊魂など存在しないのですから。孔子の言う、「思いて学ばざれば則ち殆(あやう)し」に該当するでしょう。

 地上のものは全て土・水・空気・火からなり、天体は第五元素からできている、ともしています。天体が地上ではあり得ない円運動を行うことから、特別な元素が割り当てられたのです。また、天体は熱くならないが運動の摩擦が熱と光を生みだすと考えたそうです。今日の知識と照らし合わせると間違いではありますが、運動とその素材を結びつけて体系的な知を築こうとしたことは評価されてよいでしょう。

 天文学について、先行するエウドクソスは惑星の動きを説明するために天空上の環を複数想定し、他の天体とは回転する軸の角度が異なるため、動きが異なると想定しました。この考えで土星と木星に関しては惑星の動きを高い精度で説明できていましたが、火星と金星は説明できていませんでした。

 アリストテレスが修正モデルを考える。天球の数は47(議論あり)にも及ぶ。それすら、惑星の明るさが変わることの説明はできなかった。

 また、全ての運動は媒質の中で起こると考えました。速度は濃度に反比例すると思っていたので、真空はありえない(速度が無限大になる)ともしていたそうです。空気よりも水の方が物質は密に詰まっているわけですから、そこから類推すれば濃度が濃いほど抵抗により速度は遅くなると考えても良かったとは思います。慣性の法則が見いだされるのは遥か後の時代ですから仕方がないかもしれません。

 アリストテレスの時代には力学が存在しませんでした。そのため、彼もまたかなりの間違いを犯しています。最も有名な誤りは、重い物と軽い物では重い物が早く落ちるとしたことでしょう。空気抵抗を考えれば正しい観察結果ではありますが、思考実験だけでもこの考えは誤りであることを導くことができるのです。


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posted by 仲井 智史 at 12:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古代ギリシアの科学哲学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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