2015年12月23日

古代ギリシアの科学哲学 医学1 コスのヒポクラテスの活躍と、誤った仮説ながら人体を理論で理解しようとした4体液説

 次いで、医学にも触れましょう。

 現代社会と異なり、医者の職業上の地位は確定していませんでした。医者の資格を認めるような機関もありませんでしたので、医者は体系的な知識を持つことはなく、謂わば勝手に治療を行い、自由に料金を受け取っていました。当然、腕は千差万別です。むしろ医者に掛かる方が危険ということすら少なくなかったことでしょう。

 ですから、医者はなんとかして上得意を得なければ困ったことになります。そこで、シャーロック・ホームズのように、相手を見ただけで既往歴や予後を言い当てる才能が重要となってきます。ただ高い地位の人物に気に入られた場合には、かなりの高給で召し抱えられる場合もありました。

 得意先を得ることが出来ても、そもそも当時の限られた技術や知識では病人や怪我人相手に満足な治療はできませんでした。呪術的な医療に留まる時代も長く続きました。現代と比較して社会的に不安定で低い立場だったのも無理は無いでしょう。

 医療を呪術の世界から理性の世界に引き寄せることに多大な貢献をしたのが、コスのヒポクラテスです。コスは出身地の地名で、他のヒポクラテスと区別を付けるためにこう呼ばれるのです。

 古代ギリシアの医学を語るなら、このヒポクラテスを外すわけには行きません。彼は前460年頃にイオニア地方の南にあるコス島に生まれました。

 ヒポクラテスがどのようにして医者となったのかはほぼ分かっていません。ただ、『ヒポクラテス全集』が残っていますので、そこからどのような治療を行っていたかを窺い知ることが可能です。ただ、、『ヒポクラテス全集』は250年間ほどにも渡って複数の人物に書き継がれてきたものですから、全てがヒポクラテスに書かれたものではないどころか、彼と同時代の記録ですら無いものが多いことに注意が必要です。

 彼は動物の生体解剖に基づく情報を得ていました、例えば、心臓が左右に分かれ、相互に行き来が無いことも知っていました。左心室の方が右心室より組織が厚いことも正確に理解しています。

 ただ、正しい解剖学的な知見は、正しい治療法には結び付きませんでした。4体液説と呼ばれる、血液・黄色胆汁・黒色胆汁・粘液の4種の体液のバランスが崩れることが病気の原因だとしており、バランスを取るためにしばしば瀉血が行われました。これは過剰になった血液を除いてバランスを回復させるための手法です。しかし、病気で体力が落ちたところに血液まで失っては、死を早めることもあったと想像されます。しかし、有効な治療法が編み出される近代まで瀉血は広く行われていましたので、瀉血によって死亡したと思われる著名人も記録されています。有名なところでは、モーツァルトやジョージ・ワシントンがそうです。現代に生まれたことを感謝したくなります。

 癲癇はそれまで神聖病と呼ばれ、神の影響によるものだとされていましたが、ヒポクラテス派では脳内の粘液の流れが妨げられたことで起こると考えました。医療を神話ではなく科学の世界に引き戻したことを讃えたいと思います。



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posted by 仲井 智史 at 12:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古代ギリシアの科学哲学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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