2020年09月18日

三国志 華雄 一度は敗北した孫堅、兵を集めて梁へ進出、胡軫の軍を破って華雄を斬る 三国志演義における華雄について

 この時、潁川太守の李旻は生け捕りにされ、煮殺されてしまいました。また、董卓は捕虜となった士卒を布に包んで倒立させ、熱した油を注いで殺したと伝えられます。

 孫堅は再び兵をまとめて梁郡の陽人に進出、董卓軍がこれを迎え撃ちます。

 孫破虜討逆伝に引く『英雄記』によれば、この時の董卓軍の陣容は、陳郡太守の胡軫が大督護となり、呂布が騎督として従う他、歩兵や騎兵を率いる将兵が多くいました。

 陣容だけ見れば、孫堅に勝ち目はなかったかも知れません。しかし、董卓軍は足並みが揃っていませんでした。胡軫は迎撃にあたり、「今回の戦いは太守1人を斬れば収まる程度のものだ」と公言して諸将の反感を買っていました。陽人城から数十里の距離の広成まで進んだところで、呂布たちは「陽人にいた敵は撤退したそうです。今追わなければ取り逃がしてしまいます」と伝えます。

 丸1日行軍した跡だったため、兵馬は疲れ切っていましたが、胡軫はそれを聞いて、強行軍で陽人を急襲しましたが、陽人では今や遅しと董卓軍の襲来が待ち構えられていました。疲労困憊し、甲冑を脱ぎ捨てて休憩する兵士たちに、呂布は「城中の兵が出撃してきた」と、またも嘘の情報を流します。董卓軍は算を乱して逃走しました。

 ただ、胡軫は戦死しておりませんので、『英雄記』に見える呂布の露骨な軍令違反が問題視されていないことを考えると、『英雄記』の記述は少々怪しいように思います。孫破虜討逆伝の本文に見える、孫堅が董卓軍を大いに打ち破り、部将の華雄を斬ってその首を獄門に懸けたという結果だけで、経緯はわからないものとして良いかも知れません。

 三国志演義では、華雄は身の丈9尺(210cm)を誇る董卓軍の猛将で、韓馥配下の潘鳳(はんほう)や袁術配下の兪渉(ゆしょう)を斬り、反董卓連合軍に向かって押し寄せます。袁紹が「顔良や文醜を連れてきてれば」と悔やんでいるところに、関羽が自分が相手をすると申し出ます。曹操が酒を勧めましたが、飲まずに出撃し、一路華雄目指して駆け寄ると、一刀のもとに斬り伏せて首を得て帰還しました。この時、曹操から与えられた酒はまだ冷めていなかったとされます。

正史 三国志〈6〉呉書 1 (ちくま学芸文庫) - 一郎, 小南, 寿, 陳, 寿, 陳, 松之, 裴, 松之, 裴
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posted by 仲井 智史 at 12:00| Comment(0) | 三国志 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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