2020年09月09日

三国志 反董卓連合軍の面子 孔伷、劉岱、王匡、橋瑁、袁遺、鮑信らは、まだ平和な時代に高く評価され、出世した人びとだった

 孔伷は字を公緒といい、陳留出身で清談高論が得意で息を吹きかければ枯れ木に花を咲かせ生木を枯死させることができると評された人物です。

 劉岱は劉繇の兄に当たる人物で字を公山といい、侍中や兗州刺史を歴任しています。父母に対して孝行で、兄弟仲がよく、他人に対しても思いやり深くて人の意見を聞き入れたそうです。

 王匡は字を公節といい、泰山の人です。罪過を軽んじ、施しが好きで、任侠をもって知られていました。何進に命じられて徐州に派遣されている間に何進が死んだので、郷里へ帰りました。若い頃は蔡邕とも仲がよく、後に平民から起用されて河内の太守に任じられました。ただ、王匡は河内の太守となると、その郡に属する県の官民で疑わしい者を獄に送り、罪があれば金や穀物を要求しました。そして、金や穀物を出さなければ一族ごと処刑することで威厳を高めたそうです。前半部分は孝廉に挙げられるための演技で、本性は後半だったように見えますね。

 橋瑁は字を元偉といい、橋玄の一族で、子の世代にあたります。兗州刺史だったとき、威厳と温情があったと後漢書武帝紀に引く『英雄記』は記します。

 袁遺は字を伯業といい、袁紹の従兄に当たります。長安の令となり、張超からは「世間に冠絶した美徳、次代を動かす器量をもち、その誠実公明さは、まことに天が与えたもうたものです。書籍を網羅し、百家を総合し、高処に登ってよく詩を作り、事物を識別してその名を知るといった点になりますと、現代に探し求めることは困難で、匹敵する者はございません」(『正史 三国志〈1〉魏書 1 (ちくま学芸文庫) - 陳 寿, 裴 松之, 今鷹 真, 井波 律子』)と高く評価されています。この言葉通りなら、袁遺は当代きっての知識人だったのですね。

 鮑信は少府侍中まで登った鮑丹の子で、若くしてふまえるべき節義をわきまえ、寛大で人を愛し、沈着剛毅で知謀があったそうで、何進によって騎都尉に任命されています。

 こうして見てきますと、反董卓連合軍に加わった人びとは地位だけではなく、才能豊かな人びとの集まりでもあったのです。

正史 三国志〈1〉魏書 1 (ちくま学芸文庫) - 陳 寿, 裴 松之, 今鷹 真, 井波 律子
正史 三国志〈1〉魏書 1 (ちくま学芸文庫) - 陳 寿, 裴 松之, 今鷹 真, 井波 律子


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posted by 仲井 智史 at 12:00| Comment(0) | 三国志 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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