2020年05月25日

後漢 梁冀の妻の孫寿 美人だが性格がきつく、梁冀ですら恐れたという梁冀の妻・孫寿 梁一族は高位に登り、好き放題を行う

 孫寿は美人で科を作り、細く曲がった眉、目の下にだけ薄く白粉を塗って涙が流れたように見える化粧をし、頭の片側に髪を寄せ、なよなよした歩き方をし、歯痛を患っているかのような作り笑いを浮かべて媚惑したと後漢書は記しています。最後の項目のどこが魅力的なのか、ワタクシには分かりかねますが、梁冀は気に入っていたのでしょう。

 なよなよしたように見えながら、性格はきつく、梁冀もこれを憚るという女性でした。梁商が順帝に献じた友通期という女性が過ちを犯して梁商のもとへ返されたことがあります。梁商は他所に嫁に出したのですが、梁冀はそれを奪って密かに洛陽の西方で囲ってしまいます。梁商没後も梁冀は喪に服する間に、密かに友通期と暮らしていました。それを知った孫寿は、梁冀がでかけた隙に友通期を連れ去り、髪を斬って面皮を剥ぎ、鞭で打った挙げ句に上書しようとします。服喪中のこのような行為は大問題ですから、梁冀は孫寿の母に泣きつくしかありませんでした。

 後に友通期は梁冀の子を生むのですが、これもまた孫寿の知るところとなり、孫寿は自分の子の梁胤に友氏を滅ぼさせました。

 歴史上の悪女にソクラテスの妻がカウントされることがありますが、その選考をした人は孫寿を知らなかったのでしょう。

 梁冀は孫一族を高位につけましたが、孫氏を騙って侍中、卿、校尉、郡守、長吏となった者10人余りはいずれも欲深くて凶悪だったというのですから、同類ばかりが昇進したということになります。

 彼らは地方の富豪を牢に入れて拷問し、多額の金を要求しました。金で贖うことができなかった者は殺されました。扶風の士孫奮というケチな富豪は梁冀に4匹のウマと引き換えに5000万銭を要求されたのに対して3000万しか与えなかったことから、罪をでっちあげられて拷問の末に殺され、1億7000万銭にのぼる財産を奪われています。


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posted by 仲井 智史 at 12:00| Comment(0) | 後漢 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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