2020年05月03日

後漢 紙献上 鄭衆とともに権力を握った蔡倫、105年に紙を献上する ただし、紙そのものは前漢からも発見されている

 宦官は子孫を持つことを許されませんでしたから、彼らの蓄財も所詮は一代限りのものですから、かわいいものでした。ところが、養子を取ることができるようになると、子孫のために蓄財を図るようになっていきます。

 鄭衆本人は忠誠心篤く頭脳明晰な人物だったので権力を壟断するようなことは無かったのですが、宦官に与えた絶大な権力は引き継がれていきます。そのため、和帝以降は宦官が大きな力を握り、後漢は以後宦官と外戚とが激しい権力争いを演じ、国力が低下していくことになります。

 この時、鄭衆とともに権力を握ったのが、中常侍の蔡倫です。

 蔡倫は明帝の時代である、75年に宦官として後宮に入りました。篤実な性格、学問を好む姿勢などで89年には中常侍にまで昇進しています。そして、天子の使うものを制作する部署の長官である尚方令を兼ねました。

 105年、蔡倫が和帝に紙を献上します。

 この記録から、一般に蔡倫が紙の発明者とされています。しかし、植物のもつセロルースを成形した紙であれば、実際にはもっと古い時代から紙は使われてきました。『紙 二千年の歴史 - バスベインズ,ニコラス・A., Basbanes,Nicholas A., 芳江, 市中, 由美子, 御舩, 正弘, 尾形』には「シカゴ大学の著名な中国歴史研究者である銭存訓は、中国の紙の歴史を余すところなく記述した1985年の労作のなかで、現存する最古の紙は、1957年に陝西省の古墓で発見された紀元前140年頃の断片であろうと記している」(漢数字は引用者がアラビア数字に置き換えた)とある通り、前漢の時代には既に紙が使われていたのは確実です。

 当然、前140年の墓に収められた紙は史上最初に作られたものではないはずです。少なく見積もっても、紙は蔡倫の時点で250年を越える歴史を経てきていたのです。紙に変わる書写材料として、稀に絹が使われることもありましたが、絹は生産性に欠けることもあり、極めて高価なものでした。

紙 二千年の歴史 - バスベインズ,ニコラス・A., Basbanes,Nicholas A., 芳江, 市中, 由美子, 御舩, 正弘, 尾形
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posted by 仲井 智史 at 12:00| Comment(0) | 後漢 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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