2020年04月25日

後漢 外戚竇憲 和帝は幼かったため、外戚の竇太后とその兄の竇憲が実権を握る 竇憲、斉殤王の子の劉暢を殺してその罪を他人になすりつける

 話を先に進めすぎたようですので、章帝が亡くなって和亭が即位したところに戻りましょう。

 後漢書梁統列伝によれば、和帝の実母は梁統の子の梁竦の娘に当たるそうです。梁竦には3男3女がおり、そのうちの2人が後宮に入っています。その小貴人が生んだ男児を竇皇后が養い、自分の子としました。梁竦らは喜んだのですが、竇一族はことが露見すると権力が梁一族に移ってしまうと考え、2人の貴人を殺し、梁竦を獄死させてしまいました。

 前漢でも散々見てきた通り、幼い皇帝が即位すれば、外戚が好きなように権力を振るうようになります。なにせ、幼い皇帝にとっては残された母の一族ほど強力な庇護者はいませんし、皇太后からすれば味方のいない朝廷で頼りになるのは親族だけです。そもそも、このような幼い少年を権力の座につけてはいけないのです。

 当然のように竇太后が臨朝称制します。その竇太后が頼ったのは、兄の竇憲です。

 竇憲はかつて立場を利用して公主の土地まで奪い、章帝から遠ざけられていました。その章帝が死んだのですから、竇憲の復権を妨げる者はもういません。その卑しい性根ととも、竇憲が復職しました。そして、竇憲の弟の竇篤を虎賁中郎将に任じるなど、竇一族を次々に中央や地方の要職に充てていきます。

 皇帝は幼く、自分が全権を握ったとなると、竇憲が如き人物が驕らないわけがありません。早速、刺客を送って父竇勲が獄死した際に取り調べに当たっていた韓?の子を斬らせ、斉殤王の子の劉暢が首都にやってくると寵愛されて自分の力を削られるかも知れないと案じて劉暢を刺殺させる有様でした。なお、この刺殺事件の罪は劉暢の弟の劉剛になすりつけられ、裁判が行われています。

 劉暢の件は竇太后の知るところとなり、太后は怒って竇憲を内宮に閉じ込めました。


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posted by 仲井 智史 at 12:00| Comment(0) | 後漢 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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