2020年03月24日

後漢 雲台28将3 光武帝劉秀の天下統一を助けた28将 その3 臧宮、馬武、劉隆、馬成、王梁、陳俊、杜茂









序列名前特記事項
14臧宮城門校尉、朗陵侯。潁川出身。若くして県の亭長となる。新への反乱が続発すると、下江の兵に合流、その縁で劉秀に従うようになる。河北を転戦。公孫述討伐にも参加する。
15馬武捕虜将軍、楊虚侯。南陽郡出身。反王莽の蜂起に参加、緑林を経て劉氏の下へ。昆陽で劉秀と共に戦う。その後、謝躬の下で邯鄲を攻撃。謝躬が誅殺されると劉秀の下に移る。賊との戦いでは、攻撃は先頭に立ち、敗北すれば殿を務めた。劉永、隗囂らとの戦いに活躍。明帝にも仕え、西羌を破っている。
16劉隆驃騎将軍、慎侯。武帝の異母兄劉発に連なる血統。父の劉礼は王莽に反乱を起こして処刑されたが、劉隆は7歳未満だったため許された。反乱が起こると劉玄から騎都尉に任じられるが、劉秀が河内にいると聞くと地位を捨てて河内へ向かう。洛陽攻撃に参加、後には荊州で屯田を行う。
17馬成中山太守、全椒侯。南陽出身。劉秀が潁川を押さえると下級役人に。劉秀が河北に向かうと職を捨てて合流、警備に当たった。淮南の李憲を斬る活躍を見せる。後には北方で長城の防衛ラインを修復している。
18王梁河南尹、阜成侯。漁陽郡出身。呉漢らと共に彭寵から派遣され劉秀に仕える。洛陽の劉玄軍を防いだり、劉永の残党狩りなどに尽力する。劉秀が即位すると、讖緯に基づいて県令だった王梁を大司空に抜擢している。運河工事も拝命したが、失敗、辞職を願い出るが許されている。
19陳俊琅邪太守、祝阿侯。南陽出身。南陽郡の吏となり、劉玄が即位すると劉嘉の下につく。劉秀の河北遠征の際に推挙されて移籍。農民反乱の討伐、斉平定などに従事、以後東方での反乱鎮圧に活躍する。
20杜茂驃騎大将軍参、蘧侯。南陽出身。河北遠征の際に劉秀に付く。王朗との戦いを始め、農民反乱の鎮圧、劉永討伐などに活躍。匈奴との備えにも任じられ、盧芳とも何度も戦う。なお、字は「諸公」なので、同時代の人はさぞいろいろ混乱したことであろう。



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posted by 仲井 智史 at 12:00| Comment(0) | 後漢 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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