2020年01月24日

新 貨幣改革(何度目だ) 過去の貨幣改革の失敗を受け、後14年にまたもや貨幣改革を行う 後17年、民衆の鬱憤は呂母の乱として爆発する

 14年、王莽は貨幣改革を行います。

 またか!と思われた方、私も同感です。こんな短期間で制度をころころと変えられても、民草は困るばかりではありませんか。それでも改革が強行されたのは、端的に言ってしまえば過去の改革が大失敗だったからに他なりません。

 今回の改革では、大銭、小銭も廃止され、代わりに貨布と貨泉が制定されました。貨泉は5銖で円形方孔ですから、5銖銭と同じですね。刻された文字だけ異なるものでした。貨布は25銖で、125銖の価値を持つとされました。

 盗鋳は死刑、古い貨幣を使う者は流罪、非難する者も同罪というのですから、かなり厳しい罰ですね。しかも、犯罪を犯した者の近隣5軒も同罪とされました。後には量刑が緩められ、違反者は官の奴婢とするか、労役刑となりました。量刑が緩められたのは、罪を犯す者が続出したからです。名目価値と実質価値が違うのですから、当たり前ですよね。今回の貨幣改革でも、その肝心な部分は改められませんでしたから、盗鋳は当然の結果ですし、今回の貨幣改革もまた失敗に終わることが約束されていたと言えるでしょう。

 儒家思想を推し進めようとしてきた王莽が、ここだけは法家的な法律を定めたのは大変に興味深いことです。

 要するに、これまでの貨幣改革が失敗だったので、旧に復することを決めた、ということです。実際、インフレで政府への不満は高まっていました。だからこそ、古い貨幣を使うことに厳罰を適用してまで対策を取らなければならなかったのでしょう。

 なお、布泉はそれなりに発行されたらしく、当時の九州の遺跡からも発見されています。

 しかし、時は既に遅かったようです。

 17年、呂母という女性が地方で騒乱を起こすと、新への溜まりに溜まった不満が爆発、大反乱となったのです。

 呂母は姓名の表記ではありません。劉邦の母が劉媼、つまり劉(邦)のおばさんと呼ばれたのと同じように、呂母は呂のお母さん、くらいの呼び名です。



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posted by 仲井 智史 at 12:00| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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