2020年01月03日

ミイラ 日本のミイラ8 アリューシャン列島におけるミイラ化手法 1880年の墳墓発掘禁止令と死体損壊禁止令が人口ミイラの終わりとなる

 その期間は大人の場合、31日乃至40日でしたが、赤ん坊の場合は次の子供が生まれるまで家の中に安置され、母親は生きている子供と同じように扱ったそうです。

 日数の違いは、親が子を悼む心情に加え、ミイラが陣取るスペースというはなはだ実際的な問題もあったのかも知れません。

 アリューシャン列島では肛門と陰部の間の会陰部を切開して骨盤の間から腸を抜き取ったり、胸部や腹部を切開して臓器を抜き取ったりした後、流水に浸して残った内蔵や腐敗しやすい脂肪を除去し、干草を詰めました。切開方法にミイラ化に複数の手段が取られたのは、社会階級によって異なっていた可能性があるそうです。

 様々な形でミイラ化が行われてきたことが分かりますね。

 人工ミイラの終わりを告げることになったのは、1880年に施行された墳墓発掘禁止令と死体損壊禁止令です。この法律によって、ミイラ化は違法となったのです。その後もミイラを崇める方はいましたが、新たな即身成仏ミイラは生まれていません。もちろん、ライフスペース事件で成田のホテルからミイラ化した遺体が発見されたように、何らかの理由で自然ミイラが生じたようなケースはありますが、これは犯罪の糊塗として生じたものであり、これまで見てきたような事例とは大きな隔たっています。

 これまで見てきたように、ミイラ化には様々な手法が取られたことが分かりますね。

 もうちょっと「キワモノ」のミイラとしては、人魚のミイラを挙げることができるでしょう。まだ日本が開国したばかりの頃、「謎めいた東洋の謎の小国ジャパンで見つかった謎のミイラ」として人気を博したのが、上半身がサル、下半身が魚を継ぎ接ぎしたミイラの人魚です。

 継ぎ目が分からない見事な出来栄えでしたが、X線写真を取ったところ、流石に背骨まではつながっていなかったそうです。X線写真を取る物好きがいるのですね。

 現代の技術を使えば贋作と分かっても、当時は継ぎ目が分からず、本物と思われていたのです。ラインを整えるために綿の詰め物がされていたり、継ぎ目を様々な加工によって見分けづらくしようとしていたことを考えれば、我々のご先祖様が丁寧な仕事をしていたことを讃えたくなりますね。

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posted by 仲井 智史 at 12:00| Comment(2) | ミイラ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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