2020年01月02日

ミイラ 日本のミイラ7 藤原氏のミイラと関連して語られることの多いアイヌのミイラ 樺太のアイヌは中国との関係でミイラ化が決まった

 藤原氏のミイラとの関係で語られることが多いのが、アイヌのミイラです。もっとも、藤原の血縁は明らかにアイヌ系ではなく、遺体の分析からもそれは裏付けられています。まず直接の関係はないと推測されることを押さえた上で、アイヌのミイラについても見ておきましょう。
北海道のアイヌは一般に体を伸ばした状態で土葬されます(これを伸展葬と呼びます)。

 ところが、同一民族である樺太のアイヌはミイラをつくっていたことが知られています。刃物を用いて臓器を抜き去り、乾燥させました。腐りやすい部分を取り除いてから乾燥させる、この項では既に見慣れた方法ですね。

 ミイラ処理は女性が担当しました。任命された女性たちは毎日遺体を洗い、乾燥させました。1年後、腐敗臭がなければ成功したことで賞されたのですが、腐敗臭があればその女性は殺され、腐敗したミイラの先に埋められたそうです。

 アイヌのミイラは歴史的には古いものではなく、14世紀以降18世紀までの限られた期間にしか行われませんでした。酋長や捕鯨者の中でも限られた者にのみ、行われたそうです。

 なお、一般の者は北海道のアイヌと同様に伸展葬でした。

 樺太のアイヌは緩やかながら清朝の支配を受けていました。ミイラ化されたことが判明している酋長の楊忠貞は中国から官位を与えられていたことが分かっていますので、あるいは中国との関係でミイラ化されるかどうか決まったかのかもしれません。

 1840年代にロシアの勢力が樺太に及ぶに至ると、樺太アイヌと清との関係が断ち切られます。それに伴い、ミイラは作られなくなっていきました。

 興味深いことに、樺太から見れば太平洋北端の対岸側に位置するアリューシャン列島でもミイラ化が行われていました。1000体余りが知られています。
 
 アリューシャン列島では死者と別れ難い心情がミイラを生んでいたようで、遺体は本人が寝ていた場所の上で乾燥させられ、ミイラは家の中に止め置かれました。


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posted by 仲井 智史 at 12:00| Comment(0) | ミイラ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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