2019年09月29日

漢武帝 朝鮮併呑2 入朝することになった王子、部下の武装を解かせないことから揉めて帰国したことから漢の攻撃が再開される

 こうして太子が入朝することになったのですが、太子としては無防備で漢に向かうのは抵抗があったため、完全武装した1万余りの軍を連れて国境の川を渡ろうとします。しかし、それは漢軍にとっては奇襲攻撃を受ける懸念を惹起しました。衛山と荀彘は、太子が心変わりしたかと疑い、「降伏したのだから、部下の武装を解け」と命じます。太子は騙し討ちを疑い、引き返してしまいました。

 衛山がこの経過を武帝に報告したところ、怒った武帝は衛山を処刑してしまいました。とんだとばっちりです。

 漢軍は攻撃を再開し、荀彘は川を渡って朝鮮軍を破り、王険に至って楊僕と合流します。しかし、衛右渠は王険を固く守り、なかなか抜くことはできませんでした。一度は敗北を喫して山中を彷徨った楊僕は攻撃に消極的で、2将軍の間には積極性に隔たりが生じていました。

 状況を見て取った衛右渠が楊僕側に和平交渉の使者を送ったことで楊僕は講話に傾き、荀彘は衛右渠に降伏勧告の使者を送りますが、朝鮮側は肯んじずに楊僕との連絡を密にするようになります。

 いつまでも朝鮮が平定されないことに苛立った武帝は、済南の太守の公孫遂を援軍に送りました。この際、公孫遂は状況次第では自分で判断を下して行動して良いとお墨付きを与えられていました。荀彘は公孫遂に、楊僕が約束した攻撃の期日を守らないと告げた上で、まごまごしていれば漢軍は全滅しかねない、と訴えます。これを受け、公孫遂は楊僕を捕縛して軍を1つにまとめたのですが、武帝はこの措置に怒り、公孫遂を斬らせました。裁量権を与えたというのに酷い話ですね……。

 統合された軍は左将軍荀彘が率いることになります。彼はもともと積極的に攻撃を仕掛けようとしていた人物ですから、援軍を得たところで激しく城を攻撃します。


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posted by 仲井 智史 at 12:00| Comment(0) | 漢武帝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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