2019年09月28日

漢武帝 朝鮮併呑1 朝鮮は服属の際の条件を反故にして交通を阻害したため、漢は軍を送る 朝鮮王は地面に頭を擦り付けて降伏を誓う

 衛満は漢の強大さを知っていたため、独立はしましたが、藩国となって漢に服属する道を選んでいましたね。その際の条件の1つに、周辺国が漢に使者を送った場合、妨げてはならないというものがありました。しかし、衛右渠はこの約束を反故にし、周辺国の使者を妨害しました。また、漢からの亡命者を多数受け入れ、漢への入朝は拒否していたため、漢はこれを座視できなかったのです。

 そこで、漢は渉何を衛右渠のもとへ送り、藩国としての義務を果たすよう説得させます。しかし、衛右渠はその要求を拒否しました。

 渉何は虚しく帰国するしかなくなったわけですが、空手で帰ることは耐え難かったようで、国境線まで見送りに来た王族を刺殺させて巻に逃げ込んだのです。外交使節としては最低の行動と言わざるを得ません。

 武帝は「朝鮮の大将を討ってきました」との報告を受け、渉何を遼東の東部都尉に任じました。朝鮮の人々は激怒します。必ず、かの邪智暴虐の渉何を除かなければならぬと決意します。そして、軍を動かして遼東に侵入すると、渉何を襲い、殺害しました。

 自業自得としか思えない顛末を迎えたわけですが、漢にしてみれば藩国の朝鮮が漢に侵入し、高官を殺害したということになります。武帝はその年のうちに罪人の中から志願兵を集め、朝鮮征伐の軍を送りました。楼船将軍楊僕(南越征討にも参加していましたね)は5万の軍を率いて斉から渤海湾を渡り、遼東からは左将軍荀彘(じゅんてい)の軍が攻撃を仕掛けます。

 しかし、衛右渠が要害を守らせたため、荀?がこれを抜けないうちに楊僕は首都の王険に単独で辿り着きます。漢軍が少数でであることを見て取った衛右渠は撃って出ると、楊僕を敗走させました。楊僕は何とか山中に逃れ、敗残兵をまとめました。

 遠征軍が苦労していることを知った武帝は、衛山という者を使者に立てて衛右渠に藩国の義務を果たすよう説得させようとします。衛山と面会した衛右渠は、「私は降伏を望んでいるのですが、2人の将軍に騙されて殺されるのではないかと恐れておりました。正式な使者がいらっしゃったのですから、降伏したいと存じます」と頭を地につけて謝りました。


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posted by 仲井 智史 at 12:00| Comment(0) | 漢武帝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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