2019年09月18日

漢武帝 武帝の貨幣改革 白鹿の皮から作った皮幣や合金からなる貨幣が造られたが、贋金が大量に造られ、改革は破綻

 ともあれ、この法律に選って多くの商人が破滅に追い込まれていくことになります。

 ちなみに、この頃の丞相は李蔡という、李広の従兄弟に当たる人物でした。では李蔡がこれらの政策を仕切ったのかというとそうではなく、丞相はもうお飾りの存在となっていて、実務上の官吏のトップは御史大夫となっていました。すなわち、張湯が実務のトップでした。

 前120年には白シカの皮で作った皮幣を40万銭で売り、宗室の入朝時はこの皮幣で払わせるようにしたのですが、100億銭を作るには25,000枚も必要ですね。とても賄えません。他にも、銀と錫の合金からなる貨幣で、300銭、500銭、3000銭の3種類のものが作られました。

 もし貴方が狩りをしていて、白シカを得たらどうしますか?私なら、皮幣を作ってしまうように思います。また、銀と錫の合金で作った貨幣も、銀の価値よりも著しく価値が高かったので、盗鋳すれば差額で大儲けできる状況でした。その防止策として、盗鋳を行った者は死刑にするという厳しい法律が定められましたが、盗鋳が相次ぎ、わずか1年で皮幣、白金は中止に追い込まれました。

 しかし、税の納入は銭と決まっています。貨幣が行き渡らないことには、社会は回らないのです。

 そこで、前119年(衛青、霍去病らの遠征の年ですね)に、5銖銭の制度が定められます。これは重量が5銖、名目も5銖という、盗鋳の旨味を無くしてしまう方策でした。結局、貴金属を貨幣にする場合、盗鋳を防ぐにはこれしか手段が無いのですよね。これは現代も同じ話で、偽札を防ぐために各国は特殊なインクを使用したり透かしを入れたりと様々な工夫を凝らしています。その一方で、国を上げて偽札を作っている北朝鮮のような国も存在するのですが(スーパーノートと呼ばれる精巧な100ドル札は既に回収されている分だけでも4900万ドルにも達するそうです)。

 5銖銭の円形方孔という形状は唐の開元通宝(開通元宝と読むのが正しいとの説も有力です)に引き継がれていきます。また、日本で最初の流通貨幣である和同開珎もこの形状なので、日本にも影響を与えた改革になりますね。


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posted by 仲井 智史 at 12:00| Comment(0) | 漢武帝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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