2018年09月01日

春秋戦国 長平の戦い2 土塁を築いて籠城する廉頗を攻めあぐねた白起は策略で廉頗を更迭させ、趙奢の子趙括に替えさせることを狙う

 趙括は偉大な父の薫陶を受けたか、軍略を論じては父すら論破する冴えを見せていました。そのシーンだけ見ていた者には、趙括は名将に見えたかも知れません。

 しかし、趙括の危うさを見抜いており、横槍を入れた者がいます。まずは、藺相如です。彼は「王は彼の評判だけで大将としておりますが、あれは兵法を暗記しているだけで、臨機応変な対応など出来はしません」と反対論を展開しました。

 続いて、趙括の母が王に書簡を送って抗議します。普通は息子が昇進したともなれば喜ぶものなのに、何故でしょうか?それは、父の趙奢が趙括を口先だけの男と見て疎んじていたためです。

 趙奢は妻に「戦いは生死の瀬戸際だというのに、括はそれを無造作に論じている。括が大将になるようなことがあれば、趙軍が亡ぶときだろう」と語っていました。

彼女はまた別の面から息子の危うさを見ていました。

 「夫が生きていた頃、宴会で自ら酒肴を勧める者が数十人に及び、友達付き合いする者は数百人にも至りました。褒美で頂戴したものは残らず分け与え、出陣となれば家のことなど構いませんでした。あの子は違います。将軍となるや、周りの者を下に扱い、王さまから頂いたものを独占して、毎日のように不動産を漁っている始末です。どうか、息子を将軍にしないようお願い致します」

 母親らしく、息子のことをしっかり見ていたのですね。

 ここまで両親から見限られている人物を用いようとする人など、いるでしょうか?それが、いるのです。孝成王は、もう決まったことである、として母の抗議を撥ね付けました。

 母は、もし息子を用いて望み通りの結果が得られなくとも、家族にまで累が及ぶことはないように願い、認められます。両親の期待がどれほど低いものであったかわかろうというものですね。

 さて、趙括は趙軍の陣地に着くと、一定以上の指揮官の配置を全て自分の好みに合わせて変更します。白起はそれを見届けると、部隊を繰り出して敗北した風を装って退却させます。


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2018年09月02日

春秋戦国 長平の戦い3 趙軍は壊滅し、40万の降兵は穴埋めに 平原君趙勝は楚に助けを求めるため、食客から随員を探す

 趙括は趙の全軍を駆って秦軍を追いますが、これは白起の罠でした。秦は別働隊に後背を襲わせ、完全包囲することで補給線を遮断してしまいます。趙括は40日余り耐えたのですが、誰も助けに来られません。窮した趙括は、遂に精鋭を率いて包囲を切り開こうとして討ち死にし、趙兵数十万人は秦軍に降伏しました。

 秦軍では捕虜の扱いに困ります。彼らを武装解除することは困難ですし、解放すれば趙の戦力となるためです。白起は助けると詐り、捕虜を穴埋めにしてしまいました。

 秦は引き続き、町の都邯鄲を包囲します。

 平原君趙勝は救援を求めて楚に赴くことにします。そして食客より文武兼ね備えた供を20人連れて行くことにし、人選をはじめました。ところが、19人までは決まったものの、最後の1人が決まりません。

 そんな時、毛遂という者が自薦します。しかし、彼は数千人の食客中にあっては全く存在を知られていませんでした。

 趙勝は「先生は私の家にいらっしゃってどれほどになりますか」と尋ねると、毛遂は「今年で3年になります」と答えました。

 趙勝にはとても限られた人数に入れるべき人物とは思えず、「賢人は、例えて言うなら錐のようなもので、袋に入れればすぐに突き出てその姿が現れるものです。先生は3年経っても、誰からも褒める言葉を聞いたことがありません。お残り頂きます」とやんわりと断りました。

 ところが、毛遂はどこ吹く風、「今まではそもそも袋に入れて頂いておりませんでしたから。もし入れて頂ければ、穂先どころか柄まで出ていたものでしょうよ」などと大言壮語を吐きます。

 この言葉を気に入ったのか、趙勝は笑って毛遂を最後の1人に加えました。

 毛遂は大口を叩くだけのことはあるだけの優秀な人物だったようで、楚への道中に他の食客と議論し、その才能を認められています。

 楚に到着した趙勝は楚王との会談に臨みます。しかし、この頃には秦の強さは際立っておりましたし、楚は何度も苦杯をなめる羽目に陥っていますから、趙勝がいくら合従を説いても楚王ははっきりした答えを返しません。朝から始めた議論が昼になっても、まだ結論を得るには至りませんでした。


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2018年09月03日

春秋戦国 長平の戦い4 毛遂、楚王に迫って合従に加わらせることを認めさせ、楚は趙へ援軍を送る

 食客たちは毛遂に対し、今こそ出番であると訴えます。すると毛遂は、楚王と趙勝の会談場所へと階段を上がっていくと、「合従が利益であることは微言で尽きるというのに、朝から始めた議論が今まで終わらないとは何事ですか」と尋ねます。

 楚王は怒って「下がれ。わしはそなたの主君と話をしているのだぞ」と一喝しますが、毛遂は「王が私をお叱りになるのは、楚軍にある多くの勇者を頼んでのことでしょうが、私と王の間、わずか10歩の距離にあってはどれほど勇者が多くても役に立ちませんぞ。今や王のお命は、我が手中にあるのです」と恫喝します。

 そうしておいて、毛遂は「楚が秦に一度敗れて郢と焉を奪われ、二度目に敗れて夷陵を焼き払われ、三度目には社まで奪われたことを、趙は我がことのように恥辱と思っているというのに、王は何とも思っていらっしゃらない。合従は偏に楚のためで、趙のためではございません」と、俄には信じられないような言葉で楚王を説得します。その結果、楚王は援軍を出すことを承知しました。

 このシーン、古くは斉の桓公に対して魯の敗戦将軍曹沫が土地を返還させた逸話、趙の藺相如が秦の昭襄王に瓶を叩かせた逸話と同型ですね。事実では無いのかも知れません。

 趙勝は邯鄲に戻ると、「自分は今まで人を見る目があると思っていたが、毛遂を見逃していたのだから、今後は士の見立てができるなどとは言うまい」と言って毛遂を上客としました。

 楚は春申君黄歇(こうあつ)に軍を率いて趙を救けさせます。また、魏からは信陵君魏無忌が駆けつけました。

 魏無忌が趙を助けるに当たっても注目すべきエピソードがあります。

 趙は楚だけではなく魏にも救援を求めていました。魏は将軍晋鄙(しんぴ)に10万の兵を授けて救援に向かわせましたが、秦は魏に対して趙に援軍を送れば趙を破った後は必ず魏を攻撃する、と脅しをかけます。臆した魏王は晋鄙に軍を動かさないように命じました。


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2018年09月04日

春秋戦国 長平の戦い5 魏は趙を助けようとするが、秦の恫喝にあって動けない 信陵君無忌は思いつめ、自分と食客だけでも趙を救わんとする

 平原君趙勝の夫人は信陵君魏無忌の姉という関係がありましたので、趙勝から魏無忌に救援を求める使者が送られます。魏無忌は要請に応えたいと思いましたが、魏王に援軍派遣を説いても聞き入れられません。

 思い詰めた魏無忌は、魏国としては趙を救うことができなくとも自分だけは信念に従い、趙に行って城を枕に討ち死にする覚悟を決めます。そして、車馬を揃え、食客を率いて趙に出発します。

 城門には侯嬴が見送りに来ていました。そして、「私は年老いて共に征くことはできませんが、しっかりやるのですぞ」とだけ言って魏無忌を送り出します。

 大梁を出て少しして、魏無忌は侯嬴の言葉が気になって仕方がなくなります。そして「あれだけ手厚くもてなしたというのに、決死の覚悟の自分に対してあの態度はどうしたことか、不手際でもあったのだろうか」とつぶやくと、大梁に戻りました。

 「君が戻ってくるのは分かっていました。君は客を厚くもてなすことで天下に名を知られているというのに、誰も献策することなく、身内だけで撃って出ようとしておられる。しかし、それはトラに肉を与えるようなもので、何の役にも立ちはしません。何のために客を養っておられるのか。私が見送りしなかったのは、公子がもういちど戻ってくると見通していたからです」

 侯嬴は笑ってこう言い、策を授けます。

 曰く、「趙を救うためには、晋鄙の持つ軍を動かさなければならない。そのためには、王の命令があったことを示す割符が必要である。割符は常に王の近くにある。だが、機会がある。魏王の寵姫の如姫は、かつて公子が父の仇を討ってくれたことに感謝して、生命に代えても公子に恩返ししたいと考えている。彼女に頼んで割符を手に入れてもらえば良い」。

 魏無忌は侯嬴の策に従い、如姫ルートで割符を手に入れます。どう考えても極秘のこの作戦が記録されているのが何故なのか、疑問は尽きませんが、首尾よく割符を手に入れて出発しようとする魏無忌を侯嬴は留めます。


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2018年09月05日

春秋戦国 長平の戦い6 魏無忌は侯嬴の策で魏軍を手に収めると、趙へ向かう 秦軍は撤退させたが、帰国できない魏無忌

 そして、「兵が国外にある時、将軍は君主の命令に従わなくても許されます。晋鄙は軍を渡そうとせず、魏王に真偽を確認しようとするかも知れません。その時には、朱垓を使いなされ」と更に献策しました。

 魏無忌が朱垓を訪れると、「これまで公子は私のような者に厚い贈り物を下さったが、私は礼を返さなかった。それは、このような時に返そうとしてのことです」と言い、無条件で魏無忌に従いました。

 侯贏は出発の準備が整ったと見ると、「私は年を取り、同行することは叶いません。王に背く策をお教えした以上、生き続けるわけには行きませんから、今から数えて公子が晋鄙将軍の軍営に着いた頃を見計らって自害します」と言って魏無忌を送り出しました。

 果たして晋鄙は魏無忌を疑い、割符を見せても軍を渡そうとしません。朱垓が持っていた錘で晋鄙を撲殺し、魏無忌が軍を握りました。そして、「父子で軍に居る場合、父は国に残れ。兄弟で軍に居る場合、兄は国に残れ。一人っ子は国に残れ」と命じ、残った兵士を連れて趙に向かいます。

 秦軍は魏、楚の援軍に破れて撤退し、趙は救われました。

 黄歇は楚王の命令を受けて趙に向かったのですから、自国でも趙でも英雄です。しかし、魏無忌の行動は、援軍を送らないという王命に反し、割符を盗みだすことで指揮系統を乱し、更には将軍を勝手に殺して軍を奪うというものですから、法治主義に従うのであれば厳しく処断されるべきものです。

 魏無忌は魏へ帰るに帰れない状態でした。彼は貴国せず、趙勝の世話になります。先に触れた通り、彼らは親族でしたから、不思議はないでしょう。

 ちなみに、趙では趙勝に対して領地加増の動きが出ます。趙勝は喜んで受けようとしたのですが、客人の公孫竜が「君より優れた者は他にも居るが、君が封じられて宰相でもあるのは王族だからではありませんか。それなのに、今加増を受けるのは、民としてのものです。封は王族として受け、賞は民として受けるのは宜しく無いでしょう」と諌めたことで、趙勝は辞退しています。


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