2018年08月01日

春秋戦国 荘子2 轍鮒の急の故事成語に見える荘周の窮乏生活 それでも自由を愛し、仕官は断って在野に留まるのであった

 荘周の貧しさについては、「轍鮒の急」という『荘子』を出典とする故事成語が物語っているでしょう。

 轍鮒の急は、荘周が得意とした例え話です。

 荘周は貧しかったため、黄河を監督する侯である監河侯(魏王のこととされるそうです)に穀物を借りに行きます。監河侯は、「間もなく領地から租税が入りますから、そうしたら先生に300金をお貸ししようと思います」と答えます。

 荘周は明日の食事にも事欠くような有様だったわけですから、それでは遅いわけです。そこで、「昨日こちらへ来る途中、馬車の轍にできた水たまりにいるフナに話しかけられました。『私は東海の神に仕える者です。すみませんが、水を汲んできてはもらえませんか』というのです。私が『承知しました。私はこれから南方に遊説に行きますから、帰りに揚子江の水を波立たせてお迎え致します』と答えましたら。フナは『私は今苦しんでいるのだ。そのようなことを言うなら、次は乾物屋でお会いしましょう』と啖呵を切ったものですよ」と、監河侯のスピードでは全然間に合っていないと非難しています。借りる側のはずなのに、ずいぶんと堂々としたものですね。

 もちろん、荘周は困窮したとしても魏王の世話になろうとはしなかったでしょうから、これも説話であると理解すべきものだと思います。

 楚王が荘周が賢者であると聞き、宰相として迎えようとしたことがあります。迎えの使者は川のほとりで釣りをする荘子を見つけ、楚王の希望を伝えます。

 しかし、荘周は使者にこう問いかけます。「楚には3000年も昔に死んだありがたいカメの甲羅があり、王は丁寧に包んで箱に仕舞い、廟堂に安置しているとやら。はて、カメは死んでから骨を大切にしてもらいたかったのか、はたまた生きて泥の中で尻尾を引きずっている方が良かったのか」。

 使者は「生きていた方が良かったでしょう」と答えます。荘周は「去れ。俺はまさに今、泥の中で尻尾を曳いているのだ」と拒否しました。


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2018年08月02日

春秋戦国 荘子3 蝸牛角上の争いの故事に見える、世界を相対化することで虚しさを説く荘周

 もとより、賢者であるからと言って楚王が市井の貧しい思想家を宰相に招くとはとても思えませんが、『荘子』の中には彼が遊説したとみられるシーンがあるそうです。だとしたら、無碍に仕官の話を拒否するのは筋が通らないように思います。荘周のホラ話と思っておくのが良さそうです。

 蝸牛角上の争いの故事で知られるエピソードにも、王が登場します。

 魏王が斉王に背かれ、暗殺を考えます。賛成派、反対派が揉めたため、魏王は道を極めた者に聞くことにしました。

 ここでは荘周ではなく、戴晋人なる人物が登場します。そして、「カタツムリの角の片方には触氏の国、もう片方には蛮氏の国があり、相争っていますがそのバカバカしさを考えてみてください。魏も斉も広い世界から見ればちっぽけなもので、触氏の国、蛮氏の国と変わりありません」と説いたというのです。

 暗殺の是非を思想家に聞くべきというのは私には少々理解に苦しむ話ではありますが、結果は納得できる気がします。

 この通り、王に道を説く話は散見されますが、史記は作り話であるとしています。また、 『荘子=超俗の境へ』は「しかしながら、鎬を削って勢力を張り合っている戦国諸侯にとっては、荘子の説く道など、まったく無用のものであったろう。荘子が積極的に諸侯に遊説して回ったという形跡は、説話でさえ少なかったが、いささか遊説したとしても、受け入れられなかったのは当然であった」と記します。確かに、私が王であったとしても、荘周も老子も要職に用いたいとはとても思えません。

 興味深いのは、『荘子』に見える魏王の話は必ずしも作り話ではないかもしれないことです。と言いますのは、荘周は同じく宋出身で、魏王に仕えて宰相にまで上った恵施とは親しかったためです。

 恵施は名家に属する思想家でもあり、恵子の二つ名でも知られます。その著書は散逸してしまいましたが、親しい仲だった荘子とのやり取りが『荘子』に残っています。

荘子=超俗の境へ (講談社選書メチエ)
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2018年08月03日

春秋戦国 荘子4 良きライバルで、論理学を究めんとした恵施(=恵子)の歴物十事

 役に立たないと思われるものが実は重要な意味を持っていることを言う「無用の用」は、この恵施と荘周の会話に出てくる言葉です。荘周の言葉を無意味なものに過ぎないと一刀両断する恵施に対し、「無用とは何かが分からなければ有用について議論などできないではないか」と屁理屈で応えたものなのです。しかし、正解は数少なくても間違いは無限にできますから、同じように無用なものが分かっても直ちに有用なものが分かるとは思えないのですが……。

 恵施については『荘子=超俗の境へ』にまとまった解説が有ります。『荘子』の天下篇に恵施の唱えた「歴物十事」が載っているためです。この場合の「歴」は検討するを意味しますので、10の物を検討する、くらいの意味です。興味深い議論ですので、上掲書を元に紹介しましょう。

第1項至大は外無し、之を大一と謂う。至小は内無し、これを小一と謂う至大とは無限のこと、至小とは点のことと考えられる。中国古代思想史にあって珍しく、抽象的な数学概念。
第2項厚み無きは、積む可からず、その大いさは千里平面についての概念。無限を前提にすれば、天地の高さの差は無くなるという、無限と有限を比較した考え。
第3項天は地と与に卑く、山は沢と与に平らかなり同上
第4項日は方(まさ)に中(ちゅう)し方に睨(かたむ)き、物は方に生じ方に死す太陽は南中した時にはすでに傾き始めている、無限の時間を考えればどちらも大差ない、ということ。
第5項大同にして小同と異なる、此をこれ小同異と謂う。万物畢(ことごと)く同じく畢く異なる、此れを大同異と謂う大同とは上位概念、小同とは下位概念の意味。後段は個々のものは普遍的なものを持つが違いも持つの意味。概念の規定。
第6項南方は無窮にして窮まり有りどこまで南に行ってもまだ南がある点で南方は無窮だが、南はそもそも北がなければ存在し得ず、そこに存在の限界がある 。
第7項今日、越に適(ゆ)きて、昔来たり時間の前後関係についても、無限を考えるなら 意味がない、ということ。しかし、熱力学の現象は時間経過を逆転させることはできないため、詭弁に過ぎるように思う。
第8項連環、解く可きなり連環とは複数の環が連なるようにして削り出した玉環のことで、当然解くことはできない。詭弁。
第9項天の中央は、燕(中国北部)の北で、越(中国南部)の南第1項同様、無限を扱う。無限故に中心をどこかと問うことは無意味と説く。
第10項氾く万物を愛すれば、天地は一体なり文字通り、すべての物を愛することの重要性を説く。

※上表斜体は上掲書より引用

荘子=超俗の境へ (講談社選書メチエ)
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2018年08月04日

春秋戦国 荘子5 荘周が世に絶望したのは桀王になぞらえられた宋の康王のせい?狼藉を繰り広げる典型的な暴君

 古代ギリシアで数学についての思索が深められたのとは対象的に、古代中国における諸子百家は基本的に政治論が中心で、そこに兵法家が加わるという実用に傾いています。恵施の存在は異彩を放っていると言って良いでしょう。

 無限について考えた結果、一尺の鞭を毎日半分ずつ切りつづければいつまで経っても切り続けられるという、ゼノンのパラドックスを彷彿させることも書いているそうです。

 恵施が思想家として名を残す一方で、宰相にまで上り詰めたわけですから、大変な人物と言えるでしょう。荘周はこの恵施と親交を結んでいましたから、それなりに名士の間に名を知られる機会はあったかもしれません。勿論、ただの逸話と考えるのも良いかも知れません。

 荘周が厭世的なのは、彼が過ごした環境にあるかも知れません。

 当時、宋は康王が支配していたのですが、この人物がまた大変な暴君でした。前329年に兄を宋公の地位からクーデターで追い落とし、前320年には他国が王号を称する流れに乗って王を称しています。

 小国に過ぎなかった宋がずいぶんと思い切ったことをしたものです。

 それでもきちんと政治を見ていれば民は救われたでしょう。しかし、康王は傲慢な独裁者で、当時は重要な行事であった祭祀も疎かにしました。それどころか、祖廟を焼き、大地を鞭打って人々の眉をひそめさせました。いかにも暴君に相応しく、刑罰を濫用して多くの者を罪に落とし、部下の妻を奪う等の悪行を重ねます。

 歴史的な暴君として知られる夏の桀王になぞらえ、宋桀と呼ばれたというのも理解できる話です。

 荘周が政治に絶望したとしても不思議はありません。

 『老荘と仏教』は、老子と荘子の違いについて「ひとくちにいえば、老子は村落自治体への復帰といった政治の問題に強い関心をよせたのであるが、荘子の場合は、もはそのような政治への関心がうすれ、もっぱら人生いかに生くべきかという人生哲学に重点が置かれている」とまとめています。

老荘と仏教 (講談社学術文庫)
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2018年08月05日

春秋戦国 荘子6 胡蝶の夢 果たしてこの世界は現実なのか、誰かの夢に過ぎないのか

 そういえば、胡蝶の夢も荘周についての話でしたね。

 胡蝶の夢は、荘周が夢の中で蝶々と化して思うがままに飛び回ってからに目が覚め、果たして自分が蝶々の夢を見たのか、それとも蝶々の夢が自分の姿なのかと悩んだという話です。

 蝶々が本当だと仮定すれば、例えばフェルマーの最終定理のような、複雑な真理を解き明かすこと、またそれを理解すること(私にはとても理解できませんが)は不可能でしょう。ですから、少なくとも鱗翅目の夢として人類が存在するということは無いように思います。

 しかし、私達の存在が、私達人類よりも遥かに進んだ文明の知的生命体がシミュレーションで作り上げたものに過ぎないとしたらどうでしょう?生老病死もすべてシミュレート可能でしょうし、科学の成果に至っては遥かに進んだ文明ならどこまで明らかにさせるかコントロール可能でしょう。となると、原理的には胡蝶の夢において、どちらが真に現実であるかを知ることはできないのかも知れません。その上で、私はこの世界こそが現実に存在するものであることは疑い得ないものであるとは思います。なんとなれば、此れほどまでに精緻な世界を仮想上で作り上げることに意味が見いだせないからです。

 胡蝶の夢は、正直に言えば取り立てて物凄い発見とは思えません。目の前の世界が本当のものなのか、という多くの人が抱くであろう思いをきちんとした形で提示したものなわけですね。創作ですと『時計仕掛けのオレンジ』やら『マトリックス』やらがまさに胡蝶の夢と同じ疑問をベースに成立しているわけです。


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