2018年05月19日

春秋戦国 呉起の兵法 規律を守ることだけではなく、兵士を大切にすることの重要性を説く異色の兵法家呉起

 折角の機会なので、呉子の兵法書についても触れましょう。

 興味深いのは、「古代の国家を図る者は、必ず全ての者にまず教えを施し、その後に紐帯を強化した」と、明確に教育の重要性を問いているところです。後に触れる老子は愚民思想で、民を教育してはならないと説いています。この大きな違いがまず面白く感じられます。

 戦争に置いては、開戦前には祖霊に報告し、占いを行い、条件が整っているかを確認して、全て問題ないとなってからでなければ開戦すべきではない、とします。そうすれば、兵士たちは君主が自分たちのことを思ってくれることを知るので、その上で艱難辛苦を共にして難関に当たれば兵士たちも必死に戦う、と説くのです。呉起が兵士からの厚い信頼を受けて連戦連勝したことを考えると、実に経験に裏打ちされた理論であると思います。

 人民に力を尽くさせるためには、君主を人民に親しませなければならないという点から、呉起は道、義、礼、仁を実行すべしと説いています。呉起は法家に属するとされますが、この点だけを見れば儒家にも見えますね。そのキャリアのスタートにあたり、儒家の門を叩いたことの歴史が垣間見えます。

 勿論、軍令がきちんと行き届くだけの秩序が整っていなければ、軍隊は烏合の衆に堕してしまうため、規律を守らせることの重要性も説いています。

 孫子と同じように、戦争が与える経済的なダメージの大きさにもきちんと言及し、何度も戦いを行い連勝することは危険でも有るとしているあたり、戦争の実務に当たる人々は同じ思いを抱いていたのかも知れません。

 最後に、リーダーたる者の心得について呉起が書いていることを紹介して、彼についての項を終えることにします。

将の心すべきことが5つある。
1.理(管理)、2.備(準備)、3.果(決意)、4.戒(警戒、自戒)、5.約(簡素化)
「理」とはどんなに部下が大勢いても、それを一つにまとめることである。
「備」とは、ひとたび門を出た以上、至る所に敵がいるつもりでかかることである。
「果」とは、敵と相対したとき、生きようという気持ちをすてることである。
「戒」とは、たとえ勝っても緒戦のような緊張を失わないことである。
「約」とは、形式的な規則や手続きを省略し、簡素化することである。
(『孫子・呉子 (中国の思想)』)

孫子・呉子 (中国の思想)
孫子・呉子 (中国の思想)



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posted by 仲井 智史 at 12:00| Comment(0) | 春秋戦国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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